安らかな明日のために






ふと気がつくと、堅い地面の上に一人で立っている。
(どこだろう?)
そう思ってぐるりと辺りを見回す。
何もない荒涼とした大地。不安を抱えたまま首を元に戻すと、いくつもの茅葺き屋根が目に入った。
(俺の村だ!)
何故さっきまで気がつかなかったのだろう。
そうだ、帰ってきたんじゃないか。
手にはいつの間にか小さな荷物が握られている。
早足で村の方へ向かう。すると村の入り口に、懐かしい顔ぶれが並んでいた。
思わず笑みがこぼれる。足が速まる。嬉しくて、泣きそうになった。
笑顔の群れの中に、一日も忘れたことはなかった母親の顔を見つける。
(母さん!)
そう叫ぼうとして、口を開きかけた。その瞬間。
心臓が跳ね上がる。笑みが、凍り付いた。
母親のすぐ横に、一人の少年が立っている。誰だったか。よく知ってる。見たことある。
そういえば空も、村も、母親の顔でさえ無彩色だ。でも何故彼には色が付いてるんだろう。なんであんなに
赤いんだろう。
 
あ、

「ひきょうもの」

少年が赤く染まった顔を上げる。
ぬるりとした感触。見ると、自分の手も真っ赤だ。
慌ててズボンでぬぐう。取れない。
そして足がずぶずぶと沈み始めた。
反射的に手をつくが手応えはなく、体が底なし沼に沈むようにずぶずぶと下降し始めた。
浮遊感。赤い地面。生臭い匂い。
斜めになった視界の端で、少年が少しだけ笑う。

「ひきょうもの」
ナブカは声にならない声で、少年の名を叫んだ。



強い力で肩口を掴まれ、急激にナブカの体に平衡感覚が戻った。
はっと息をのむと、周りがやけに暗いことに気づく。
「大丈夫か?」
小さくささやく声が聞こえた。
声のする方を見ると、タブールの顔がすぐ側にあった。
そうか、自分は今目を覚ましたんだ。
思わず手のひらで固い寝台の感触を確かめる。
その手触り、肩を掴む手、見慣れた顔と声―――すべてがリアルで、安堵するあまり泣きたくなった。
「―――何時だ?」
額にうっすらとかいた汗をぬぐいつつ、ナブカは尋ねる。
タブールはようやくナブカの肩から手を離した。
「もうすぐ三時だ。みんな寝てる」
「起こしたか。悪かったな」
「起きたらお前がうなされてたんだ」
タブールは寝台脇に頬杖をつく。すぅすぅという寝息がいくつも聞こえてくる。周りは深く眠っているらしい。
べっとりとした血糊がまだ体にまとわりついているようで、ナブカは誰かと少し話していたい気分になった。
「・・・正直助かった。礼を言う」
「慣れないみたいだな」
先程の悪夢を全て知っているようなタブールの言葉に、ナブカは眉をひそめた。


昨夜、一人の少年が死んだ。
自分たちが与えた、理不尽な暴力のせいで。
彼は自由を求めて逃亡を企て、結果ヘリウッドから数十メートルの所で見張りの兵に捕まった。
共謀した兵をまるで犬のように撃ち殺し、上官は昨日まで仲間であったはずの少年を無慈悲に引きずってきた。
『全員で殺せ』
荒縄で縛られて転がされた少年を前に、その命令も決して初めてではない。
それでもやはり、誰しもが戸惑わずにいられなかった。
手加減などしたら殴られる。早く死なせすぎても殴られる。そして最後は必ず命を奪わなければならない。
誰もが本能的に致命傷を与えられないまま、少年は弱り、赤く染まっていった。
――――彼は勇敢にも、一言も命乞いをしなかった。
逃げなければ良かったのに。
逃げなければ、少なくともあんなやり方で死ぬことはなかった。逃げなければ、俺たちだって殺さずにすんだ。
俺が卑怯者なら、奴は裏切り者だ。
でも
今になって鮮明に蘇る。
傷を負ったとき手当てしてやったこと。そのときのありがとうという声。
野営地の天幕の中、こういうのはちょっと楽しいなと言って笑った彼の顔――――。


ナブカは反対側に寝返りを打った。
「・・・・・」
自分の手を見る。
人の肉を切る感触。事後処理の時に感じた、ひんやりずっしりとした死体の重さ。
あのとき手に付いた血糊は夢じゃない。
ナブカはごし、と腿で手のひらをぬぐった。
「・・・?」
なにやら背後でごそごそという気配がする。
もう一度そちら側に寝返りを打つと、体がごつんと温かいものにぶつかった。
「・・・何入ってきてるんだお前」
はしごの中腹にいたはずのタブールは、すでに掛け物の中にまで侵入していた。
目が合うとニヤリと笑う。
「お前が落ち着くまで添い寝してやるよ」
「いらん。もう平気だから自分のとこで寝ろ」
「嘘吐け」
小声で暫しの間押し問答する。二本の腕に強引に絡め取られて、ナブカははぁと諦めのため息をついた。あまり暴れると誰かが起きてしまう。
「寝る前にすぐ帰れよ」
「大丈夫だ。寝ないから」
ほんとかな、とナブカは憮然とする。
こんな所、もし誰かに見られたらことだ。
気が気でないはずなのに、心の中は先程までより穏やかだった。
そのことに自分でびっくりする。
人の体温と布団の匂いで、ナブカは幼い頃母親に抱かれて眠ったことを思い出した。
ふと、自由になる方の手を取られた。その手のひらに、唇を当てられる。
咄嗟に手を引こうとしたが、かなわなかった。
生きている人間のぬくもりが触れる。全身を包む。
「大丈夫だ。もう終わったことだ」
唇を離して、タブールが言う。自分の手にも、タブールの手にも赤いものなどついていなかった。
「俺たちは間違ってない」
それを聞いて、ぐっと何かが目の奥までこみ上げてきた。
顔を見られないようにうつむいて、そのままぬくもりに顔を埋める。頭のてっぺんからつま先まで、その安らぎに浸った。



正当でなくてもいい。今は誰かに許してほしかったのだ。



大丈夫だ  
万人に許されたわけではないけれど、その言葉だけで今は生きていける。
仲間の命を奪ってしまった自分たちには不釣り合いな、恐ろしいほどの安らぎを、今だけ。








再び落ちた眠りの中、ナブカは夢を見なかった。















次の朝、寝台を入れ替わって寝ていたナブカとタブールに、ブゥが疑問を唱えた。
あらかじめ用意していた言い訳で、ナブカはそれを鮮やかにかわす。
悪い、と視線だけで謝るタブールに、小さな事だとナブカは笑った。












一気に書いてしまいました。偽タブール祭り。(ヘタレていないから)
短くするのが今回の目標。個人的にこの話かなり気に入ってます。
ちょっとセーラー○ーンSの女子高生二人を彷彿とさせますが!私はあなたの手が好きよ。(分かる人だけ笑ってください)
入れ替わって寝てた言い訳としては、「夜中にトイレに行ったタブールが寝ぼけて反対側の布団に入ってきた」等が考えられます。
うーんきわどい。

4話のナブカの「殺した奴もいる」発言はかなり衝撃的でした。そこから6話くらいまでが、見ていて一番考えさせられた部分です。
ブゥも仲間を殺したのか?その辺が一番気になります。銃を撃てないところからして、まだ人を殺したことはないように見えるのですが。
だとしたらこの話めちゃくちゃですね(汗)。まぁいいや。

ちなみに殺された少年は同郷の人じゃないつもりです。
過去逃げおおせた人はいない(?)ヘリウッドから、十数秒で脱出したサラは元グリーンベレーかなんかでしょうか。
しかも一人で。ただ者ではありません。
これもサラ女王説の要因の一つになりますね。