Every First Step
「お」
竹刀に防具を担いで道場を出ると、数メートル先に銀色の自転車を押して歩く後ろ姿が見えた。
「ララルー!」
呼び止めると、後ろ姿はゆっくりと振り向く。
シュウは大きく右手を振ってから、ララ・ルゥに駆け寄った。
「何してんの?あ、おつかいか」
質問途中で自転車のかごに野菜の入ったビニル袋を見つけ、シュウは自己完結した。
ララ・ルゥはこくりと頷く。
彼女はいつも必要最小限の自己表現しかしない。
川沿いの道に出て、そのまま二人で並んで歩き出す。どうせ帰る場所は同じだ。
静かな夕暮れの中、カラララ、と自転車の車輪の音が心地よい。
「偶然だなぁ、俺も今稽古終わったところでさぁ。今日さ、最後の地稽古で大塚の奴から面一本取ったんだ。やっぱ強くなってるよ、俺!」
歩きながら、シュウは竹刀を袋ごと構えてみせる。
ララ・ルゥはそれに無言で返す。
それにはもう、すっかり慣れた。
暖かみのあるその沈黙は、生返事を返されるよりもシュウにとっては心地よい。
自転車の輪が小石に当たって、カランと音を立てた。
そういえば、とシュウは口を開いた。
「なんで自転車乗ってなかったの?」
ララ・ルゥはゆっくり口を開く。
「ゆっくり歩く方が好きだから」
空気に消え入りそうな声でそう言って、川向こうに目をやった。
橙の夕日が空の大分低いところに燃えている。
なるほど、とシュウは納得した。
「買い物行くとき、いつもここ通るの?」
ララ・ルゥはまた頷く。
「じゃあさ、今度から一緒に帰ろうよ。俺いつも五時には稽古終わるから」
少しの沈黙。
「私、毎日おつかいに行くわけじゃないから」
「じゃあ、ここを通ったときで、気が向いたら待っててよ。そういうことにしよう」
決まり決まり、とシュウは自己完結する。
カララララという音が、ぴたりと止んだ。
「?」
気付かず歩きすぎてしまったシュウは、立ち止まったララ・ルゥの方を振り返る。
「どうしたの?ララ・ルゥ」
ララ・ルゥは無言で夕日を見つめている。
つられてシュウも、夕日に目をやって、
息を飲んだ。
西の空一面、赤と、橙に染まっていた。
昔キャンプファイヤーのときに見た、炎の真ん中のあたりのいろ。
太陽は今、一日の最期を祝して燃えていた。
透明な光が、自然だけが見せる美しい色合いが、夕焼けの空に溶け出している。
朱く燃える、住宅街の屋根の群れ。電信柱。白茶けた土手の稜線。
溶け出した色は川面にキラキラと反射して、霧散する。えもいわれぬ光彩。
「今」
「え?」
聞き返しても、もう返ってこない。
ララ・ルゥの白い頬に、朱く溶け出した夕日。そして自分も。
多分、彼女は知っているのだろう。
一瞬一瞬を待たず色合いを変えて燃える夕日の、今が一番綺麗な瞬間なのだ。
溶け出した色は、今は見えない地平線に吸い込まれ
あっという間にここではない違う場所へと流れ落ちていく。
「ここはきれい」
ほんの少し目を細めて、ララ・ルゥが呟く。
ザッと向かい風が吹いた。
担いだ防具の饐えた匂いに混じって、ほろ苦く、微かに甘い、土と草の香りがする。
シュウは何も言わず、ただ風に吹かれるララ・ルゥの、瞳に映る色を見つめた。
彼女は知っている。何億年も前から、今、そして50億年後の地球まで。
今自分が立っている世界は綺麗なのだろうか。
いつまで綺麗なままいられるのだろうか。
いつまで
「帰ろう、ララ・ルゥ」
そう言うと、ララ・ルゥは沈みゆく夕日から目を離して歩き出した。
先程までとは打って変わって、沈黙が重たい。
この夕焼けのせいだろうか。
帰る場所は一緒なのに、彼女は今
どうしようもなくひとりぼっちに見えた。
「大丈夫!」
沈黙を破って、空元気な声をたたき出した。
シュウは勢いよくララ・ルゥの方に向き直る。
「俺さ、小さい頃占いでかなり長生きするって言われたことあるんだ」
ララ・ルゥはきょとんとした顔で、こちらを見た。
「だから大丈夫!」
そう言って、シュウは歯を見せて笑った。
きっと訳がわからなかったと思う。
でも言わんとすることは伝わったようで、ララ・ルゥの目はほんの少し優しい。
シュウは満足して、再び前を向いて歩き出した。
後ろを歩くララ・ルゥに、ねぇ、と軽く声をかける。
「ララ・ルゥ、明日暇?弁当作ってさ、どっか出かけようよ」
シュウは防具を担ぎ直し、薄紫に染まりつつある空を見上げた。
「煙突より高いところ、探してのぼろう。きっともっときれいに見えるはずだ」
晴れるといいなぁ、と言ってから、シュウは履いていた靴を高く蹴り上げた。
少し踵のすり減った靴は、薄紫色の空に弧を描き、地面で大きく跳ね、土手を転がり落ちる。
シュウは慌てて肩から荷物を下ろし、片足靴下のまま土手を駆け下りる。
靴は表を向いて、ちょこんと芝の陰に座っていた。
嬉しくなって笑顔で振り返ると、ララ・ルゥは立ち止まってこちらを見下ろしている。
占いなんて子ども染みたこと、信じちゃいないのかも知れない。
自分なんて、ララ・ルゥからしてみれば、夕日が見せる一瞬の色合いよりも
遙かに儚い存在なのかも知れない。
それでも、こうしてきちんと待っててくれるララ・ルゥは好きだ。
それで十分だ。
だからこれは思い出作りじゃない。これから一緒に生きていく為の。
「ほら、晴れだったよ!」
土手の下から、シュウは靴を手に持って大きく振ってみせた。
「きっと当たるよ、わかるんだ、俺」
あと何回重ねられるだろう。
こんな瞬間を、
二人で。
−終−
なんだか突然書きたくなって、一気に打ってしまった読み物。
初シュウ&ララ・ルゥ。しかもパラレル現代(汗)。
ああ、やっぱりこの二人好きだ・・・・。
なんにも言わなくても理解し合えなくても、うまくいく二人。いいですね。某タとナに見習わせたい。
でも言葉で語られる部分があまりに少なくて、言葉以外の所で分かり合う部分が大きすぎるからアニメならまだしも読み物にするにはちと難しい。
しかもこの二人って今僕三大「感情移入しにくい人」だし(注:もう一人はハムド様)。おかげでシュウが多分に乙女チック。うーん。
でもこういう日常、大好きです。また書きたいです日常ネタ。剣道ネタも、もっと。