初めて明るいところで見る彼はニアとそう変わらない年の少年だった。
溶けたチョコレートが口の周りに汚らしくくっついている。少年はグレーのカーペットの上にぺたりと座り込み、切りそろえられた金色の髪の毛を肩の少し上で揺らしながら、指先をどろどろと汚してニアの差し出したチョコレートに食らいついている。
おそらくこのカレッジでの一連の幽霊騒動は、この少年が人知れず構内をうろつくために湧き上がったものだろう。まさか夜のカレッジを半分獣のような姿をした少年がうろついている等誰も想像しまい。ものの位置が勝手に変わったり天井裏を歩く音が響く程度のことなら、幽霊の仕業と片づけてしまった方が健康的な学舎のイメージに符合している。
少年が身につけているシャツやジーンズは黒ずんでいて、裾が一様にすり切れている。衣服こそ薄汚れているが、少年自身は足や指の汚れと口の周りのチョコレート以外は小綺麗なものだった。足と膝、そして手のひらにはぐるぐると包帯のように布きれが巻いてある。その布きれも同じようにすり切れていた。四つ這いで移動するための工夫だろうか。この少年が自分で巻いたのだろうが、だとしたら手足や指、ひいては知能も人間並みに発達している。確かに浮浪児のような外見や獣並の素早い挙動に似合わず、その目にはある種の気品と知性の光があった。
しかし普通の人間では有り得ない。夢中、といった感じで開け閉めされる唇の隙間から、ニアのものよりも幾分鋭く尖った犬歯が覗いた。頭を動かすたびに厚い髪の束が揺れ、頂上に金と茶の産毛を頂いた耳が見え隠れする。絵本に出てくる悪魔のように、その耳の天辺はツンと尖っていた。

ニアは楽しそうに少年を観察する。傍らにしゃがみ込んでじろじろと無遠慮な視線を送ってくるニアを、少年はうざったそうに鼻を鳴らしながら頑なに無視し続けた。
「私は、ニアです」
おもむろにニアは少年に語りかけた。文節を区切って、噛んで含むように聞かせる。
分かっているのかいないのか、少年はちらとニアに視線を遣ると、すぐに目の前のチョコレートに集中を戻した。
言葉の通じない動物に話しかけたような、独りよがりな手応えだった。しかしまったく通じていないわけはない。微かな感情の動きを見せた少年の目を見て、ニアはそう思った。
「私の言ってることが、分かりますか」
貪りつくように動いていた少年の口がぴたりと止まった。
警戒するような少しの間の後、少年はこくりと一回頷いた。ニアはほんの少しだけ目を細める。
「チョコレートが好きなんですか」
そう聞くと、少年は今度は間髪入れずこくりと頷いた。
「おいしいですか?」
もう一度、頷く。
「そうですか。良かった」
ニアがそう言うと、少年はようやくはっきりとニアの方に目をやった。
気持ち悪いものを見るように眉間に皺を寄せて首を傾げる。今この空間で明らかに異質な彼にそんな目で見られるのはある意味で爽快だった。彼にとって異物であるのは自分ではなくニアの方なのかも知れない。そう思うとニアは楽しくなり、くすくすと笑った。

少年はチョコレートを噛んでいた白い歯列をゆっくりと開く。
「……変なやつ」
初めて聞いた彼の声はニアのものと相違ない、はっきりした人間の声だった。









〈2005/06/26〉