Marginal Parallel Lines
「・・・よう」
「ああ」
片付けを済ませて戻ってみると、少し高いところにある寝台の上で、一人小銃を弄っているナブカの姿があった。
タブールの立つ戸口からナブカの寝台まで、歩いて数歩。
そこから見える風景には、珍しく例の腰巾着の姿は見あたらない。
降って湧いた好都合に心ばかりは浮き足立つが、先程の訓練の場で憎まれ口を叩いてしまった手前、いきなり馴れ合いを図るわけにもいかない。
タブールはさりげない(と本人だけが思っている)動作ではしご段を上り、向かいの自分の居住区に収まった。
「あいつは」
「さっきまでいた。あまりブゥに余計なことを吹き込むな」
「本当のことだろうが」
「仲間同士ならいくら行動を共にしようが、腰巾着とは言わない」
「仲間。あのチビが」
はっと鼻で笑うと、きっと目線だけで睨まれた。
手枕で寝台に寝転がり、早々に話を切り上げる。今はそんなに機嫌を損なわせたいわけじゃない。
ナブカの手が勤勉に動く気配がする。
距離にして約二歩。ただし宙が歩けるなら。
その微妙な間隔がもどかしくなり、いつも自分が踏み出す羽目になるのだ。
沈黙もそろそろ頃合い。
タブールはナブカの方に寝返りを打った。
「・・・なぁ、」
「夜なら空いてない」
びしっ
間髪入れぬ反撃で、口を開けたままタブールは石化する。
「まだ何も言ってないだろうが!!」
がばっと身を起こしてにらみつけるが、赤い顔までごまかせたかどうかはわからない。
が、運良くナブカはそんな相手に目を遣るような親切心は持ち合わせていない。
「図星だろう。お前が『おい』じゃなく『なぁ』って言うときはろくなことがない」
「ろっ・・・」
「あいにくだが今日の夜は休むのに忙しい」
「もう前から十日も経ってる!そろそろいいだろ!」
「十日しか、だ。もう一回りは経たないと俺の身がもたん」
「そんなに待てるか!」
「そんなの知ったことじゃない」
かちりかちりとナブカの指は、一分の隙もなく勤勉に動く。
ぶすっとした顔でタブールは寝台に沈む。
せっかく教官からの憎たらしい呼び出しもまばらになってきたというのに、ナブカの態度は徹頭徹尾強硬なまま。いっこうに軟化しない。
「・・・お前、そういう欲求湧かないのか」
「俺はそういう都合の良くない欲求はきちんと昇華してる。それほど未熟じゃないんだ。お前と違って」
カチンとくる一言を言い放って、ナブカは銃をホルダーにしまい込んだ。
そのまま軽い身のこなしで床に降り立つ。
「おい、逃げるのかよ!」
「明日の分担の打ち合わせに行って来る。暇じゃないんだ。お前と違って」
隙がない、と言うよりは楽しんで言ってるような気がする。大勢でいる間言われっぱなしの仕返しか。
腹を立てた方が負けと分かっていても、こうして二人になったとたん術中にはまってしまう。
むかっと来たから、勢いに任せて自分も地面に降り立った。
戸口を出る数歩手前で、なんとか憎たらしい、薄い肩を手中に収める。
「待てよ」
「なんだ」
距離にして約半歩のところで、真っ正面から睨まれた。
近づくほど真っ直ぐ見る癖は、自分以外にもそうなのだろうか。
タブールはある作戦を胸中に、口を開いた。
「俺だって融通が利かない訳じゃない。お前の言うとおり、あと一回り待ってやる」
「?」
「その代わり」
恥ずかしくならないように、息を深く吸った。
「それまで毎日一回、キスさせろ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
目線を合わせたまま、ナブカも息を深く吸って、吐いた。
まるで壊れた機械を前にしたような表情。
内心傷つくがここで堪えてはいられない。まだ駆け引きは終わりじゃない。
ナブカは無かったことにしてそのまま出ていこうとする。
「無視すんな!」
タブールは慌てて肩を掴む手に力を込めた。
ナブカはだるそうにこちらを向く。
「・・・・・・」
「じゃあ今一度だけなら文句ないだろ」
「・・・・・・・・・・・・」
ナブカの目が宙を泳ぎ、思考中を表す沈黙が流れる。
タブールはようやくしたり顔を作る。
最初に無理な条件を出すと、あとの条件が多少無茶でも飲みやすくなるだろう、という作戦だ。
ナブカはいつもなら、一度だろうが二度だろうが、昼間は絶対に過剰な接触は許さない。
力で無理矢理ねじ伏せようものなら死ぬ気で抵抗されてお互い痛い目を見た上、その後数日間は怒りのオーラで近づくことすら出来ない。
だが口車でだんだん条件を軽くしていけばこれ以上拒まれることはないだろう。
とりあえずナブカを術中にはめてやれれば、今はそれで満足だ。
ナブカは未だ何も言わない。
その肩を放して、そのまま壁に手をつく。
とす、とナブカの背が壁に当たる音がした。
ナブカの整った顔がすぐ目の前にある。
間の距離、お互いの吐息が混ざりあうほど。
軽く抗うように動く顎を、空いた手で捉える。
硝子玉めいたその目が観念したように細められた。
(勝った)
そう思って顔を近づけた。すると
「む゛っ」
唇に鉄の感触。
「気が済んだか?」
ナブカの右手に先程まで弄っていた小銃。
唇を固く結んだまま固まっているタブールを後目に、ナブカはさっさとその腕を抜け出した。
「・・・・・おいっ」
「このまますると調子に乗るだろう。お前」
丁寧に銃身までごしごしとぬぐってから、ホルダーに収める。
「お前な!」
いつものことだが勝手すぎる、と詰め寄った。
と、
胸倉を掴まれ、ぐいと引き寄せられる。
微香が鼻をくすぐった。
距離、ゼロ。
になったのは、ほんの一瞬の出来事。
「・・・・・・・・っ」
呆然としたあと、何故か慌てて、タブールは口元に手を遣った。
「調子に乗らせないためだ」
乱暴な動きでタブールの体を突き放すと、
必要以上に素早い動作で、ナブカは部屋を滑り出ていった。
耳の奥で心臓が鳴っている。
こうして突き放すくせにたまに妙に甘くなる所。自分以外にもそうだったら少し嫌だなと思う。
でも自分以外にこんなことはしないに違いない。あの腰巾着であっても。
その差には何があるんだろう。
そうして、結局自分は今回も勝てなかったことに気付く。
(でも向こうも条件は飲んだんだから、引き分けか)
喜ぶか悔しがるか、形だけ迷ったふりをした。
結局、今もゼロの距離で残る体温に気がついて、
喜んでしまった自分を悔しんだ。
−終?−
甘ーー!!わざと甘くなるようにはしたんですけどこれじゃあまりにあまり(砂)。
“こんなこといわねぇよ”的なツッコミも自分で浴びるほどしてますので今回だけ見逃して・・・!
ていうかこれでブゥの成長話に続くなんてあんまりだ・・・・。私の馬鹿!
『子どもの階段』を書いて24時間後に「そういやブゥがくる前宿舎で二人っきりだったのか」と気付き、そこから妄想が膨らんで出来た産物。制作時間約三時間半!
付け足し的・突発的なものなので、こんなことがほんとにあったのかどうかは不明(笑)。
その程度の話と思って頂けると有り難い。
平行線を辿る会話、前からさせたかったので、“階段”とかけてついでに。実験実験。
ついでのついでに、最近タブールがかっこよすぎるという苦情が入ったので、ヘタレタブール復活を目指しました。成功成功?
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