Ravenblack Rhapsody
ざりっ
狭い部屋に響く聞き慣れない音に、タブールは何事かと振り返った。
その目線の先には
「・・・何やってんだ」
自分の寝台の上で妙なポーズを取っているナブカがいた。
うつむいて視線を落とし、自分の首の後ろ辺りに両方の手をやっている。
「見れば分かるだろ」
こちらを見向きもせず、ナブカが言う。
わかるか、と思った直後、ナブカの左手からはらはらと黒い糸が落ちていくのが見えた。
よく見ると右手にはナイフが握られている。
次の瞬間、ナブカの左手は自身の襟足をむずと掴み
ざりりっ
勢いよく切り離した。
「お、おい、何やってんだ」
そのあまりの粗雑さに、タブールは焦る。
ナブカの手から、再び黒髪がはらはらとこぼれ落ちた。
「だから見れば分かるだろう。伸びてきたから、髪を切ってる」
「そうじゃねぇよ。もうちょっと切り方ってものがあるだろうが」
「俺の髪をどう切ろうと俺の勝手だろう」
うるさそうにナブカがこちらを見た。伸びた前髪が視界を塞ぐのか、ぶるんと一度首を振る。
毎日顔をつきあわせているので気がつかなかったが、確かに髪が相当鬱陶しそうである。
これでは訓練どころか日々の生活もやりにくいに違いない。
兵達は髪が伸びて邪魔になると、好きなときに自分達で散髪していた。
しかし、宿舎の中には当然鏡なんてものはないので、大体仲間に見てもらったり、切ってもらうことが多かった。中には多少ざんばら・虎刈りな頭でも気にしないものも、当然居る。
でも。
「そんな切り方じゃめちゃくちゃな頭になるぞ。もうちょっとちゃんとしろよ」
ここまで大雑把にされると、なんだかもったいない。そんな気がする。
何がどうもったいないのかはタブール自身理解していなかったが。
「邪魔にさえならなければ、いい」
ナブカはそう言って、今度は耳の横の髪を一束掴む。
三たび、無造作な音が部屋に響いた。哀れな黒髪が、ナブカの肩と布団の上に散らばった。
切り離された髪の無惨な長さを見て、タブールはついに声を上げた。
「それ貸せ。俺がやる」
「・・・何?」
「俺が切ってやるから」
そう言って、ナブカの手からナイフをもぎ取る。
「・・・・お前が?」
ナブカは訝しげにタブールの顔を見る。
何をそこまで自分の髪にこだわるのかわからない、といった感じである。
「妙な髪型にする気じゃないだろうな」
「お前がやるよりましだ」
靴を脱いで寝台に膝立ちになる。ナブカの後ろに回り込むと、案の定その襟足は無惨に刈り散らかされていた。
襟髪が斜めにざっくりと切りっぱなしにされており、一番長い所と短い所の差が5p以上もある。
おまけに変にいろんな方向から力を入れて切ったものだから、毛先もあちこち好き勝手な方向を向いていた。
「お前・・・不揃いもいい所だぞ」
「これからそろえるつもりだったんだ」
不機嫌そうにナブカが言う。
人一倍規律を重んじる男が、何故こうまで自分の容姿に無頓着なのか。
でも、これなら適当にやったってこれ以上悪くなることはないだろう。
タブールは手始めに、親指と人差し指の腹で不格好に長い襟髪を摘み取った。
ちりちりちり。
首の後ろ辺りで、切り離される自分の髪がささやかな音をたてる。
ぱらぱらとうなじに細かな髪の毛が降り積もる感触がした。
何もすることがないので、ナブカは白い敷き布団に視線を放り出したまま、自分の髪のあげる小さな悲鳴に耳を傾けていた。
少しだけ髪の束を取り、ナイフでそぎ落とすように切り離していく。
想像していたよりも、タブールは器用なようだった。
どうやら自分は、髪型等の容姿の面に関して無頓着な質のようで、たまに自分で刈っている髪もブゥに笑われることが多々ある。
しかしどうせ自分を見る者なんて、気心知れた仲間連中か、良くても敵兵だけだ。容姿に過剰に注意を払ったって無駄なことだと思う。
動きやすく、清潔で、邪魔にならなければいい。それが唯一のポリシーだった。
だから髪なんて、自分で切ったって常に仕事の雑なタブールが切ったって同じことである。そう思ったから任せた。
しかし
思いの外、他人に髪を切ってもらうというのは気持ちのいいものだった。
最後の抵抗をするように頭皮を引っ張る髪の感触。頭皮を撫でるように、髪の間を指が滑り抜ける感触。
なんだか撫でられているようで安心する。
ナブカは目を閉じて、心地よい後頭部の刺激に意識を集中させた。
「おい」
いきなり耳元で声がして、ナブカは跳ねるように瞼を開いた。
「ここ、ずいぶん短くなってるから、この長さに揃えるぞ」
タブールの指が左耳の上あたりの髪を軽く引っ張る。ほのかな体温と、さらりという音を近くに感じた。
ああ、と慌てて了承の相槌を打つ。
するとタブールの指はそのままそこの髪を梳き始めた。
鬢から耳の辺りまで、指先で軽く流すように触れる。長さを測っているようだ。
その触れ方に、何かナブカの気を散らす要素が含まれている、ような気がする。
あっと思ったが、気づいてしまえばもう遅い。
さりさりさり、
髪の毛が一筋一筋引っ張られ、散っていく。先程まではちょっとしたマッサージのような快感を覚えていたのに、頭皮への刺激は一変、なんだか落ち着かない。
くすぐったい。うなじの辺りがぞわぞわする。
でも顔に出したら負けである。
「ちょっとこっち向け。前切るから」
「ああ」
言われてナブカは体を90度左に向ける。
タブールの指が、額をかすめて邪魔な簾をすくい取った。
目線を上げてのぞき見ると、吐息がかかるほど近くに真剣な顔があった。
さりさりさり、
ぱらぱらと額に短くなった前髪がかかる。
顔をのぞき込まれる。実際は顔ではなく髪を見られているのだが、あまりにも近くて至極居心地が悪い。
普段の生活ではこんな接近など許していないから、違和感は仕方ないことだろう。
そう、普段は。
いまだちらつくふしだらな符合を、ナブカは慌てて頭から追い払った。
一方通行に意識している視線が痛くて、ナブカは目をつぶってそれを見ないようにした。
そのとたん
「っ!」
いきなり右の首筋をタブールの手がかすめた。
反射的に、ナブカは首をすくめる。
すくめてから、しまったと思った。
「危ねぇな、動くなよ」
驚いて手を引っ込めたタブールは、邪念の一切感じられない声で言う。
その視線に、ナブカは目を横に反らさずには居られない。
反らしてから、またしまったと思った。
ついには顔に朱が上る。
少しの沈黙の後、タブールが小さくははぁんと呟いたのが分かった。
「さ、続き切っちまうか」
そう言って耳の下あたりに添えられた手は、どう控えめに見ても台詞とは違う意図が多分に含まれている。
首筋を辿り、耳朶の後ろから髪の間を縫って。うなじの辺りがぞわぞわする。
ナブカは下唇とともに、屈辱感を噛みしめる。
「おい、妙なことするな」
「妙なことって?」
不機嫌そのものな声で釘を差すと、かたやは鼻歌でも歌いそうな上機嫌。
「先に妙な気を起こしたのはどっちだ?」
勝者の笑みで、真横から顔をのぞき込まれる。ナブカは左右がくっつきそうなくらいに眉根を寄せた。
一度頬に注がれた朱はなかなか退かない。
「・・・・・・さっさと終わらせろ」
返す言葉もなく、ナブカは敗北を認めた。
それでもタブールの指はしつこくナブカの髪の間で頭皮を引っ掻いている。
「珍しくその気になったのなら、今夜にでも遊んでやるぜ?」
髪を指に絡ませながら、ここぞとばかりに耳元に不埒な言葉を吹き込まれる。
調子に乗るなとついに怒鳴ろうとした瞬間、
「ねぇ、何やってるの?」
思いがけない方向から、無邪気な問いが投げかけられた。
それが聞こえ終わらない内に、寝台の上、二人はバッと身を離す。
いつの間にやら戸口にブゥが立ってこちらを見ている。
二人の過剰な反応に、多少面食らっている様子である。
「ど、どうしたの?」
「いや、こいつの髪を―――」
そう言ってタブールは大袈裟に右手のナイフを翻す。ナブカは見事に平静を装うが、それだけで手一杯である。
ブゥは、なんとなく釈然としないといった表情をした。
いつも諍いの絶えない二人が、寄り添って散髪ごっこしているのである。はたから見たらかなり異様な光景だろう。
それでも物珍しそうに寝台脇まで寄ってきて、ブゥは布団に散る黒髪とナブカの顔とを見比べた。
「うん。前よりかっこいいよ」
「そうか」
「こっち側は?」
「今から切るところだ」
交互にブゥへの相槌を打ちながら、二人はなんとなく白々しい雰囲気で散髪を再開する。
さり、さり、さり
極めて事務的な音が部屋に響く。
ブゥはしばらく立ってその様子を見ていたが、ふと思い立ったように、口を開いた。
「今夜、何かして遊ぶの?」
「「!」」
ざりっ・・・・・・
「あ」
「あ」
「・・・・・・・あ?」
沈黙。
ナブカはゆっくりと手を持ち上げ、右後頭部のなんだか涼しい部分に触れてみる。
ちくちくとやけに短い髪の毛が指先に刺さった。
ブゥを見る。目と口を丸くして固まっている。
タブールを見ると、彼は慌てて握っていた左手をほどいてぱたぱたと払った。その手から他と比べてやけに長い黒髪がさらさら零れ落ちる。
「・・・・・・タブール・・・・・・・・・・・・」
ナブカは深い怒りのこもった声とともにゆっくり腰を上げる。
タブールは、その剣幕に思わず一歩退いた。
「だ、大丈夫だろ。そんなに目立たねぇし・・・」
「貴様・・・・・」
「な、なんだよ。邪魔にさえならなけりゃいいって言ったじゃねぇかよ!」
「そういう問題かっ!!」
ナブカはタブールにつかみかかる。すんでの所でそれをかわし、タブールは裸のナイフを放り出して通路に飛び出した。
怒り心頭の表情で、ナブカがそれを追う。
二人の影が消えた戸口から、なにやら喧噪が聞こえ、やがて遠くなっていった。
「・・・・・・・・」
ブゥは口を開けたまま、二人分の窪みのある寝台に目を落とす。
その口が真一文字に閉じられ、
次の瞬間、ぶっと吹き出した。
夕日の差し込む一室に残ったのは、床に笑い転げるブゥと、布団の上、いまだ鮮やかに散り流れる、哀れな黒糸のみだった。
−終−
ふぇてぃしずむ第一弾(笑)。
書くつもりなかったのに、書き出したら止まらなくなって一晩で一気に書いてしまいました。
暗かったり重かったりな話ばっかなんで、たまにはこんなのもいーかなーなんて・・・。もうここがどことかいつとかも気にしません(死)。
これでもナブカとタブールとブゥがらしくなるように頑張りましたが(口調とか)、やはり微妙に別人格。
とりあえず書き出す前のテーマは「相手の髪を切る」「ハゲ」の二つのみでした(笑)。ハゲはベタといわれましたが・・・。
どっちがどっちを切るかも決めてなかったです。ナブカはタブールの髪がどうなろうと気にしなさそうなのでこうなっただけで。
ナブカ、ハゲさせてごめん。怪我(毛が)なくて良かったねってことで・・・(寒)。
人に髪を切られる(もしくは切る)って、かなりセクシャルな行為だと思うのですよ。散髪に行くたびに思います。
髪に触れるというのは相当親密な人間同士でしかしないそうですし。
散髪ネタってあまり見ませんけど、結構ステキだと思うんだけどなぁ・・・・。
それにしても私は中途半端にブゥを出さないと気が済まないのでしょうか(死)。良心?
いつもいつもごめんね、ありがとうブゥ・・・(涙)。
※raven-black:黒髪のこと。鴉の濡れ羽色、みたいな感じかと。