スターマン










メリルははじかれたように空を見上げた。
薄紫色に染まった空を横切って飛んでいくのは、彼女の想像していたような化け物ではなく、二羽のカラスである。
彼女はほっとして、また自分の膝に顔を埋めた。
(そろそろ暗くなる頃だから)
肌寒さを感じて、メリルはずり落ちかかっていたケープを肩に引き上げる。
(母さんもチャーリーも探しにきてくれるわ)
もう寒くなる時期だというのに、実際彼女の身にまとっている防寒着といったらすり切れて薄くなったケープ一枚であった。
メリルは今日、ほんの数時間前、弟のチャーリーと喧嘩をしたのだ。
些細な喧嘩ならば日常茶飯事であったのだが、今日は話が別だ。彼はメリルの一等大切な人形を勝手に持ち出し、壊してしまったのである。
手足をもがれた人形は綿がはみ出て痛々しく、弟とその友達連中にも手酷く扱われたことは想像がついた。
メリルは小さくなっている弟を怒鳴り、なじり、この子を返せと殴りつけた。それが当然のことだと思ったのに、こともあろうに彼は反撃してきた。そしてしまいには泣き出した。そして彼女の母親は、泣いている弟の方をかばったのである。
『お姉さんのくせに、泣いている弟をいじめるなんて』
(泣きたいのは私の方だわ)
彼女はそのまま家を飛び出し、今は村から少し離れた小高い丘の上の木の下で縮こまっている。
(あっちが謝って帰ってきてくれって言うまで絶対に帰るもんか)
ずっと大切にしてきた人形をぼろぼろにされた悲しみ。不条理に、一方的にしかりとばされた悲しみ。自分がどれだけ悲しかったのかがわかるまで、かえってやるものかと意地を張ってみるが、そろそろ寒さと空腹と、ついでに座り続けていたせいで腰の痛みが限界だ。メリルは膝を崩して座り直すと、ため息を一つついた。
空はすでに薄紫から濃い藍色に変わっている。
母親の声はまだしない。
「一番星・・・」
空の真ん中に星を一つ見つけた。今日は月のない夜らしく、あたりは闇に包まれてきている。緑の下草も、頭上の大きな木も、周りの自分以外のものがすべて黒く変わっていく。丘の下に見える村の灯りがことさら眩しく見える。先ほどのカラスの声を思い出して、メリルは寒さ以外の思いで身を小さく震わせた。
ガサッ・・・・
突然右の茂みから何か小さなものが飛び出し、メリルはひっと悲鳴を上げた。
よくみると、それは一匹の子犬である。茶色く短い毛皮の愛らしい子犬が、メリルの方をみてしっぽを振った。
メリルは胸をなで下ろすと、その子犬の方に手を伸ばした。
しかし子犬はメリルとその手を見比べると、すっと丘の上へかけだしたのである。
「あ、待って」
メリルは立ち上がり、その子犬の後を追いかけた。この暗闇の中、これ以上自分一人で意地を張り続けることは難しかったのだ。
子犬は追いかけてこいと言わんばかりに時々メリルの方を振り返りながら丘を上へと駆け上っていく。メリルは子犬に誘われるようにその緩やかな野原を駆け上った。そして丘を越えたとたん・・・・
メリルは目を見張った。
そこはまるで真昼のように明るかった。
眼下に緩やかに広がる野原は、鮮やかな緑色に照らし出されている。
そしてその中程に、小さな荷車を引く一人の男が立っていた。
というよりも、どうやらその男が周りを照らす光の源であるらしい。
子犬はしっぽを振りながらまっすぐにその男の方へかけより、呆然と立ち止まっているメリルの方を振り返って「こちらへ来い」とでも言うように数度吠えた。
メリルは何かまっとうな感覚が麻痺したようになって、ゆっくりその男の方へ歩み寄った。
その男は一流の紳士が着るような服を身につけていたが、そこから覗く手足や顔は、不思議なことに眩しいほど光り輝いていた。そしてその男の持つ荷車にはたくさんの風船がついていた。赤、青、黄、緑、橙、透明・・・・いろいろな色の風船がいくつもいくつも荷車に結びつけられ、あるかないかの風にふわふわと揺れていた。
メリルが男のすぐ側までくると、輝く男はゆっくりと振り向いて、帽子を取って会釈した。その男の内側からは優しい光が滲み出ていて、その表情まではわからない。しかしメリルにはその男が微笑んでいるように思えた。
すると男は荷車から赤い風船をはずし、メリルの方にすぅっと差し出した。
メリルは少し戸惑ったが、笑顔で風船の紐に手を伸ばし・・・
「あっ!」
赤い風船の頭の部分をみて声を上げた。
赤い風船の中には、メリルの大切な人形が入っていた。
弟のチャーリーに壊されたはずなのに、手足もついて傷一つないきれいな人形が入っていた。
「どうして・・・・」
男はメリルの問いには答えず、優しく輝きながら赤い風船をさしのべる。
メリルはしばらく迷ったが、首を横に振った。
「やっぱりいらないわ。おうちに私の、本物の人形があるもの」
(ああ、そうだ)
懐かしいあの家の床には、壊れた人形が、メリルの大切な人形が今もまだ転がっているだろう。メリルが弟と喧嘩をして、家を飛び出したあのときのままで。
(どうして大切な人形を、あのままにしてきたのかしら。あの子のために悲しい思いをしたはずなのに)
ザッと風が吹いて、荷車の風船が一斉に揺れた。
よく見ると、風船の中にはそれぞれたくさんのおもちゃが入っている。
男はうなずいて赤い風船を荷車に戻すと、今度は薄桃色の風船を差し出した。
メリルは風船を見上げる。薄桃色の風船の中には温かな食卓を囲む、一つの家族が入っていた。メリルとチャーリー、母親と父親が楽しげに笑う姿が、薄桃色の風船の中に映し出されている。
   「ありがとう」
メリルはその風船を受け取った。
「私、帰らなくちゃ・・・」
すると男は、何かを思いついたように荷車から黄色い風船をはずして差し出した。その中には両手に納まるくらいの大きさのボールが入っていた。
「弟に・・・・?」
メリルはそれを受け取ると、歯を見せて笑った。
輝く男は帽子を取って小さく会釈すると、荷車を引き、なだらかな丘陵を降りていく。その後を、あの子犬が小走りで追いかけていった。
メリルは男が見えなくなるまで、その場所に立ちつくしていた。
桃色と黄色の風船を見上げると、もうその中には何も入っていない。いつの間にか空は満天の星空で、男がいたときと同じように、真昼のごとくその野原を照らしていた。
ふと、メリルは自分の名を呼ばれたような気がして振り返った。
丘の上には懐かしい、見覚えのある大きな影と小さな影。母親と弟だ。
メリルは風船を持っていない方の手を大きく振った。
二人はすぐ気づいて、こちらに駆け寄ってくる。
弟の手には不器用に手足を縫いつけた、ぼろぼろの人形が握られていた。



ー終ー















大学の頃、課題で書いた童話です。あっと思った方もいらっしゃるかも知れませんが、元ネタははせがわいさお画伯の「スター○ィマン」です。
どうしても期日までにネタが思い浮かばなくて、部屋に貼ってたはせがわ画伯のポスターから想像を膨らませたので御座います。
実際そのポスターがスターリ○マンという連作だと知ったのはしばらく後でしたが。(そのせいでタイトル『スターマン』になってるし)
同人が盗作ではなく二次創作である以上、これも盗作ではない・・・はず。

自分でも雰囲気は結構気に入っております。
どうでもいいですがスターマンと聞くと「とってもラッキーマン」のスーパースターマンを思い出します。さりげなく愛してます。歌も二番まで歌えます。