子どもの階段/Child's Stairs







やな奴。
はなっからそう思ってた。
どうして自分やナブカにやたらと意地悪をするんだろう。
いくら嫌なことを言われたって、それに負けてるナブカじゃないけれど、やっぱり見てると腹は立ったりする。
「僕はあいつ嫌いだ」
いつだったか、そう思ったからはっきり言った。
そうしたらナブカは困ったようにため息を漏らして、それでも仲間なんだから仕方がない、というような意味のことを言った。
そのあと、あいつもそれほど悪いところばかりじゃない、とも言った。
「じゃあどこがいいところなの?」
そう聞いたら、眉間にしわを寄せて少し考えるようにした。
そしてまたため息を一つついて、
結局それっきり、答えは返ってこなかった。
だから僕も、それっきりあいつのことを口にするのはやめた。
最近気がついた。あいつのことになると、ナブカはよくため息を漏らす。

ナブカは大人だ。
あれだけ嫌がらせされても、全然怒らないしそれを根に持ってる風でもない。すごく偉いと思う。
多分、あいつはそれが気に入らないんだろう。だからわざと意地悪をするんだ。
タブールは子どもだ。
僕は。
僕は嫌がらせをされたら腹は立つけど、それの仕返しに意地悪をしようなんて思わない。
気に入らないけど、許すことも出来る。僕は。
僕はまだ子どもなのかな?





よたよたとふらつく足を止めて、重たい木箱を抱え直す。ふぅ、と息を一つ吐いた。
木箱の中には数えたくなくなるくらいの木製ライフル。それらが前方の視界を不自由に塞ぐ。
がちゃがちゃという騒音に耐え、注意深く足元だけを見ながら、ようやくブゥは自分たちの宿舎にたどり着いた。
「な、ナブカー・・」
開いていた戸口から入り込み、そのままやや乱暴に木箱を床に放る。
すると木箱ががちゃんと耳障りな悲鳴をたてた。
息を整えながら赤くなった手のひらを揉みほぐしていると、
「うるせぇな」
斜め上から、期待はずれの声が降ってきた。
驚いて見上げると、寝台に寝転がってこちらを睨んでいるタブール、というさらに期待はずれの光景が目に入る。
(うわ)
あからさまに顔をしかめつつ、ブゥはきょろきょろと辺りを見回す。
でも、どうやら部屋の中には自分とこのやな奴の二人だけのようである。
「あれ?ナブカは・・・?」
「ナブカに何か用か?“腰巾着”」
皮肉たっぷりのその口調にはもはや慣れたものだったが、最後の一言がブゥの頭をカチンと叩く。
「人のこと変な呼び方するなっ!!」
「本当のことだろ、“腰巾着”」
下から怒鳴るブゥを、タブールはおもしろそうににやにやと眺めた。
たちが悪い。どうしてこうも人を怒らせるのが得意なのか。
怒りのあまり、ブゥの頬は赤く染まった。

ここのところ、タブールはやたらとブゥを腰巾着呼ばわりするようになった。
はじめ何を言われているのかよく分からなかったから、迂闊にもブゥはナブカにその意味を聞いてしまった。
答えを聞いて、怒りと羞恥が頭の中で爆発した。
タブールは、おそらく自分がナブカにその意味を聞くところまで予測していたんだろう。
ナブカはため息をついて気にするなと言ってくれたが、その言葉を聞くたびにブゥの中にいい知れない屈辱感がへばりついた。
・・・腹が立つのは、自分でも図星だと認めているからだ。
そのことが屈辱だった。

タブールは相変わらずにやにや笑いを続けている。
「ナブカなら、さっき明日の打ち合わせしに出ていったぜ。残念だな」
「別に!いないならいないでいい!・・ん、だ、けど・・・」
「?」
威勢よく吐き出された言葉が尻すぼむ。
タブールはスライドするブゥの目線を追いかけた。
木箱。
に、放り込まれた木銃。ほつれて切れたビニル紐。それに引っかかっている、安っぽいナイフ。
見たことがある。壊れた訓練用の銃剣だ。
「なんだ?なんでそんなもの持ってきた」
不思議そうにタブールが尋ねる。
ブゥは決まり悪そうにしながらも、口を開いた。
「さっき、武器庫の前を通ったら、教官に直しとけって言われて・・・・」
目線が床に落ちる。
「一人で直そうかなとも思ったんだけど・・・・・・」
時間がかかるから・・・と言う台詞は、小さな呟きに変わる。
ふん、とタブールは鼻を鳴らした。
「なるほど、お前が受けた命令をナブカにやらせようと思ったわけか」
「違う!手伝ってもらおうと思っただけだっ!」
「同じだ。どうせお前とやれば、ほとんどあいつがすることになる」
「そんなこと・・・・」
ない、という言葉はほとんど聞こえないほど。
タブールは呆れたように寝台に頬杖をついた。
「わざわざそんなもの運んで、ご苦労だったな。
 お前も一人前ぶるつもりなら、自分で受けた命令くらい、甘ったれてないで一人でやってろ」
そうして、興味を無くしたように向こう側を向いてしまった。
意地の悪い言葉に自尊を傷つけられたブゥは、顔を真っ赤にして憤慨する。
けれど返す言葉など見つかるはずもなく。
ナブカの様子を思い出して、ブゥは頭の中を冷静にする。
確かに自分と一緒に作業などしたら、半分以上はナブカが済ませてしまうことになるだろう。
そうなれば、どちらが手伝いなのかわからなくなってしまう。
いつもそうだ。自分が何かしらもたもたしていると、ナブカがさりげなく加勢してくれる。
その結果、自分の負担は軽くなり、ナブカの負担は倍増していることになる。
いつしかナブカに手伝ってもらうのが当たり前になっていて、甘え癖がついてしまったのか。
憎たらしいけど、まったくタブールの言うとおりなのだ。
自分だってナブカと同じ一人の兵隊なのだから、自分が受けた命令くらい男らしく一人でこなすべきだ。

よし、と小さく気合いを入れて、ブゥは補強用のビニル紐を取りに部屋を飛び出した。
少し首を動かして、ちらとタブールが流し目をくれたのにも気づかなかった。






決していい出来とは言えない、いや、不格好としか言いようがない。
ブゥは苦労して仕上げた第一作を壁に立てかけて、額に浮かぶ汗をぬぐった。
無神経に寝息を立てるタブールを後目に、ブゥは木箱の横にどっかり座って木銃の山と格闘していた。
木銃の故障のほとんどは、木で出来た本体と先端のナイフを結ぶビニル紐が切れているだけだった。
ナイフを先端に固定したまま紐を固く縛る、たったそれだけのこととたかをくくっていたのに、実際やってみるとその作業はブゥの二本の腕では非常に困難だった。
補強用のビニル紐がつるつるしていて、なかなかしっかり結べない。
腕の力が足りないせいか、それともコツが分かっていないからなのか、何度固く縛っても弛んでしまう。
二重三重四重と無理矢理にふん縛って、無理矢理に出来たことにしてしまった。
なんだか納得が行かなかったが、そのままブゥは二本目に手を伸ばす。
ぐるぐると棒とナイフに紐を巻き付けて、固く絞る。
ぎゅいっという心地よい音がした。なのに、
結び目を作ろうとするとすぐさま弛む。
また絞る。弛む。
手が三本あったら。そう思う。
苛々しそうになりながら、ブゥは手の位置を変えて再度挑戦してみた。
気をつけないと手を切るな。
そう思ったとたん、
「あちっ」
ぴりっとした痛み。
やってしまった。
すっぽ抜けたナイフが、ブゥの左手に赤いラインを描いた。

たいした傷ではない。
でも、じくじくとにじむ赤い液体を見ていると、なんだか心底情けなくなってきた。
(どうして自分はこんなことすら出来ないんだろう)
傷口を舐めながら、ブゥは自分の小さく頼りない手に、落胆と軽蔑の眼差しを向ける。

ナブカのように強い人間になりたかった。
何でも出来て、誰にも負けない。
そして、こんな恐ろしい戦場でも、毎日殺し合いの最中にいても、
人に優しい言葉をかけてやれるような、そんな強い人間になりたかった。
だから自分は、ここにやってきたその日以来、一度も涙を流したことはなかった。
ナブカがいれば、自分も強くなれる気がしたから。
今までそうされていたように、いつかナブカを助けてやれるような対等な存在になりたいと思って、
そう思うことで自分が強くいられると知っていたから。
でも実際はどうだ。
いつの間にかナブカの側にいて、頼ることが当たり前になっていた。
そしてナブカがいなければ、こんな簡単な作業すら満足に出来ない。
こんな無力感に気づくことすら忘れるほど、甘えきっていた。

悔しくて、手の傷よりもこめかみがずきずきする。
『腰巾着』という名前は、今の自分に笑えるほどぴったりだ。
(何が“対等”だろう。偉そうに。僕は)
(力もなくて、甘ったれで、何も出来なくて、僕は)
(僕はあまりにも―――)
涙が出てこないように、ブゥは痛いほど瞼を瞑った。


ふいに、瞼の裏がすっと薄暗くなった。
「?」
不思議に思って目を開け、顔を上げる。
寝ていると思ってたタブールが、自分を見下ろしていた。
「へたくそ」
仏頂面で、突き放したように言う。
その言葉に無力感を通り越して怒りが湧き上がった。
何事か怒鳴ろうとブゥが口を開きかけたそのとき、
タブールはブゥの手から修理中の銃剣をもぎ取った。
「あ・・・・」
唖然とするブゥを後目に、タブールは腰を下ろし、くるくると慣れた手つきで木銃に紐をくくり始める。
少しして、ブゥははっと我に返った。
「よ、余計なことするな!!俺一人でできるっ!!」
「へたくそは黙ってろ。やり方を見せてやるだけだ」
ナイフの柄まで紐を巻き終えると、タブールは床に銃身を置いて足で押さえつけた。
紐の片方を口にくわえ、手と口を使ってきゅっと器用に紐を絞る。その結び目を織り込んで、また巻き付ける。
そんな作業が、何度か繰り返された。
「ほら」
できあがった銃剣を放られる。
自分がやったときとは違って、先端のナイフはびくともしない。ブゥは素直に感動した。
「・・・・すごい。しっかり結べてる」
それを聞いて、タブールは得意げにふふんと鼻を鳴らした。
ブゥは感動を口に出したことを少し後悔した。

「今みたいにやってみろ」
少々癪だったが、見様見真似でブゥは紐をくくり出す。そうすると、自分でも随分固く縛ることが出来た。
我知らず、喜びの笑みがこぼれた。
「こんなの、コツさえ知ってりゃ誰でも出来るんだ」
降ってきた言葉に、はっとブゥは顔を上げる。
と、ぶつっ、と音がした。
タブールが、ブゥが苦労して結い上げた第一作の紐を、無慈悲に切り離した瞬間だった。
「あっ、何するんだ!」
「これもやり直せ。へたくそすぎだ」
むかっとしたが、まぁそうだなと思えて、ブゥは閉口する。
タブールが立ち上がる。
本当にこれ以上手伝う気はないらしい。
手伝うと言われても拒む気だったから、そういう意味では楽で良かった。
それともそれすら思いやりなのだろうか。
考え過ぎか。あの嫌な男なのだから。
「手」
「え?」
「早く括れよ」
「あ」
言われてから、ようやく左手のことを思い出した。
思い出して、驚いた。
驚きが、確信に変わった。

「タブール!」
宿舎を出ていこうとしたタブールを呼び止める。
呼ばれて、その足が止まった。
「ありがとう、助かった」
素直な言葉と、できるだけ対等な笑顔。
それが、目の前の“やな奴”に対する感謝とせめてもの矜持だった。
「・・・・」
タブールは少しだけ沈黙して、ふんと一つ鼻を鳴らした。
「さっさとなんでも一人でできるようになれよな。腰巾着」
ふて腐れたようにそう言って、その姿は戸口に消えた。

残されたブゥは、意味ありげなその言葉に少しきょとんとする。
腹が立たなかったのは、何故だろう。
理由は分からないけれど、なんだか“勝った気”になっている自分に、一人小首を傾げた。





「ブゥ、なにしてるんだ?」
夕暮れが差し込む廊下。
がちゃがちゃと音を立てる木箱を抱えてよたよたと歩いていると、ナブカにすれ違った。
「これを武器庫に持っていくんだ」
それだけ言って、ブゥは得意げに木箱を揺する。木箱の中には、きれいに修理された銃剣の束。
ナブカは不思議そうにその様子を見返した。
そうして、ブゥの抱える木箱に手を伸ばす。
「貸せ、こっち側持ってやる」
「いいよ!俺一人でいけるから」
伸ばされたナブカの手を振り払って、ブゥは足早に歩き出す。
意識的に、先ほどよりもしっかりとした足取りを作りながら。
ナブカはさらに不審がりつつも、とりあえずといった感じでブゥの後に付いて歩き出した。
自分の後を、ナブカが追う。いつもと反対。
何でもないことなのに、なんだか誇らしい気分になった。
「ねぇナブカ」
ブゥはなんとなしに、背後のナブカに話しかける。
「何だ」
「ナブカの言うとおりだった」
「何が」
「タブールって、そんなにやな奴じゃないのかもしれない」
返されたのは、何か考えるような少しの沈黙。
そして、
「そうかな」
答えは微妙な疑問形で返ってきた。
違和感に振り返ろうとして、ブゥはそのまま目線を横から前にスライドさせる。
ナブカが歩を早め、ブゥを追い抜いたからだった。
「少し急ぐぞ。もう夕食の時間だ」
「あ、うん」
ブゥは慌てて、木箱を抱え直した。
がちゃがちゃと目の前をちらつく棒きれの間に、大きくてか細い、ナブカの背中が見える。
話は終わり、その背中はそう告げていた。
だからもう、そのことを口にするのをやめた。
ため息が一つ、聞こえた。


 なぜだろう。
 ナブカは何でも出来て、優しいのに。
 僕よりずっと年上で、力も強くて大きいのに。
 なぜだかたまに、タブールよりも
 僕よりも子どもに見える。


きっと今、ナブカは眉間にしわを寄せてるんだろうな。
想像するとなんだかくすぐったくなって、ブゥは一人、くしゃりと顔をほころばせた。

多分ナブカもタブールも、自分が思っている程大人でも子どもでもないんだろう。
でも、どうやら自分は、この二人が持たない武器を持っている。
ブゥは目の前をちらつく、夕日色に染まったナブカの背中を見て、目を細めた。
早く食堂に行って、タブールと話をしたい。
今なら何を言われても、前よりももっと対等に渡り合える。
そう、思った。





−終−











ブゥ×ナブカっぽくなってますが、断じてそんな意図はありませんので誤解なきよう。
ブゥとタブールって、お互い訳も分からないまま張り合ってそうでグーですね。エディプスコンプレックス?(刺)もっと口聞いて欲しかったよ本編。
なんだかタブールいい奴っぽくなっちゃいましたが、奴はとっととブゥに自立して欲しいだけです(死)。ちょっと面倒見のいい長男体質ってのもあるかもですが。

ブゥは思ったことを自然に口に出せる“素直”という力を持ってますし、物事を客観的に洞察する力も持っています。
ある意味この三人の中では最強です。
自分をごまかすことを知っている人間に対し、無邪気さというのは何よりも強い武器です。

銃剣の修理の云々は、昔部活ではじめて竹刀を直したときの経験を思い出して書きました。しかし文にするのって難しい。はぁ。
銃剣の構造について調べていたら、“銃剣道”というスポーツがあるのを知ってびっくり。すげーや。

(24時間後)
・・・遅ればせながらおまけができてしまいました・・・。純粋に「この話が好き」と言って下さる方(いるのか?)はあまり見ない方が良いかと(死)。
序盤でブゥが宿舎に帰ってくる前の出来事?です。どうぞ→
おまけ