The Crossed World
「・・っ、あ」
「・・・・っ・・・・・・・・・・」
部屋を満たしていた濡れた音がぱたりと途絶え、熱っぽい息遣いだけが二つ
その場に残った。
絶頂を通り過ぎて軋む体に、脱力したタブールが覆い被さってくる。
胸元に触れる肌と吐息は、火のように熱い。おそらく自分も同じなのだろう。
勝手に余韻に浸ろうとする体を諫め、荒い息を整える。瞼を持ち上げることすら
今は億劫だった。
「おい、重い」
「・・・・・・・・・・」
「重い、どけ」
タブールは気怠げに半身を起こす。
そんな些細な動作でも、繋がったままの下肢からは欲しくもない刺激が上ってくる。
刺激に反応して、瞼が勝手にぴくりと動いた。
タブールはなぜか、そういったナブカが見て欲しくない部分にはめざとい。
ナブカに刺激が伝わるよう、タブールはことさらに体を捻る。
「まだ動くと感じるのか?」
「・・不愉快なだけだ。早く出てけ」
「このままもう一回するか」
「・・・刺すぞ」
冗談で済むうちに、とタブールは素直に身を引いた。
内壁のこすられる感触に、はぁ、と深く息を吐く。強ばっていた体が、
ようやく得た解放感に弛んだ。
相手が誰だろうが、理由が何だろうが、自分の中に入り込まれるのはいつも
けっして気分のいいものではない。
そのままお互いに無言で、ごそごそと着衣を整える。
こういうときはいつも至極居心地が悪い。
そうして約束事のように、上着に袖を通したところで、後ろから抱きすくめられる。
そうしてそれも約束事のように、ナブカは身を捩って不快を表す。
本気で抵抗するには、あまりに気怠さが勝っているのだ。
身じろぎすると、体の奥でぬるりという感触がした。ナブカは顔をしかめる。
「離せ」
「・・・・」
「もう離せ。もう十分だろう」
「・・じゃない」
「気持ち悪いんだ。お前のせいで」
「あとで俺が始末してやる」
「冗談じゃない。いいから離せ。帰って寝たい」
「このままここで寝ろよ」
「・・・・・・・・・」
何を言っても無駄だ。
首を後ろに折って、背後のタブールにもたれかかる。
首筋に降ってきた口付けに、
不覚にも甘い痺れが走った。
「・・・何でこんなことする必要があるんだ」
「勝手だろ」
「勝手で済むか。人の睡眠時間を無駄に削って」
「このまま寝ていいって言ってるだろ」
「こんな所で寝過ごしたらどう言い訳するつもりだ。しょっちゅう寝坊するくせに」
「お前は時間になったら目が覚めるようにできてるんだろう。ついでに起こせ」
その人に頼り切った発言に何となく腹が立った。
体に回された腕を、ナブカは無理矢理に引きはがす。動作のあとに残る節々の気怠さが、
疲労感に拍車をかけた。
「冗談じゃない。朝までお前といるなんて」
立ち上がり、振り返る。タブールは拗ねたような表情で
こちらを睨んでいる。
「先に行く」
とだけ言い残して、ナブカは倉庫を後にした。
外のひやりとした空気が、先程まで自分を包んでいたものは、紛れもない
温かさだということを教える。
気に入らなかった。
がちゃん、と扉が閉まった後、ひやりとした空気が少しだけ、
鼻先を撫でた。
何となく寒々しいのは、そのせいだけではないだろう。
埃くさいマットレスの上、タブールは小さく舌打ちをした。
そのまま寝転がる。宿舎に帰るにはもう少し時間をおかなければならない。
いつも一人になったとたん、周囲の空気はずしりとした存在感で
タブールの上にのしかかってくる。
天井が高い。隙間が広すぎる。だから寒いのだ。
タブールは再び小さく舌打ちをすると、一人寝返りを打った。
こうして行為の後一人取り残される気持ちなんて、ナブカは経験したことがないんだろう。
布地に残る自分のものではない体温をなぞるかのように、マットに指を滑らせた。
“なんでこんなことする必要がある”
(そんなこと俺だってわかるもんか)
相手を抱くのと同じだ。
ただ自分が心地いいように、したいように行動しているだけ。
そこから掘り下げるなんて考えは、とうの昔に手放してしまった。
考えれば考えるほど気に入らない。自分で自分が分からなくなる。
理由付けなんてしたところで、結局欲求に逆らえるわけではないし。
必要不必要ではなく、ただ抱きしめたいから抱きしめているだけなのだ。
生理的なものではないある種の欲望が自分を突き動かしている。
それは多分、支配欲や独占欲の延長なのだと思う。
多分。
タブールは見えない誰かを抱くように、自分の隣の空間に腕を差し伸べた。
すっぽりと自分の腕の中に収まる、温かく柔らかな、か細い存在。
いつもいつも、気がつけばここにいない。
宙に差し出された腕の中に、壊れそうなほど張りつめた、彼の横顔を想像する。
抱き寄せるといつも、少しだけそれが弛む。
たまらなかった。
(――――やっぱりか)
夜もやや明け方に近づいた頃、再び倉庫に戻ってきたナブカは
目の前の光景にため息を吐いた。
いつまでもたっても帰らないタブールに、もしやの気持ちで戻ってみると案の定。
マットレスの上、自分が出ていったときと同じ格好で、タブールは寝息を立てていた。
(いい気なもんだ)
蹴り起こしてやろうかと思ったが、なぜかそのまま寝顔に見入ってしまった。
邪気のない、まるで小さな子どものようにあどけない寝顔。
そういえばタブールの寝顔なんてじっくり見たことがなかったな。
そんなことを考えながら、ナブカはタブールの隣に腰を落とした。
こんなふうにいつも眠っていれば、こちらも苦労せずにすむのに。
大勢でいるときはやたらと挑発的な憎まれ口を叩いて人を苛つかせる。
かといって二人きりになると、いつ迫ってこられるやらと常に気を張っていなければならない。
そうして望み通り事が終わったら終わったで、なんやかやとしつこくナブカを拘束したがる。
四六時中自分が迷惑を被らない時はない。
自己中心的で、我が儘な。
それでも
あの教官はいつも、事が終わったら手のひらを返すように自分には興味を示さない。
べちゃべちゃと愚にも付かないことを話し出すときもあったが、
早々に身を整えて部屋を出るナブカを差し止めるようなことは一度もなかった。
それはあの男の中で、ナブカが欲を満たす為の道具でしかないことを表していた。
それなら
それならなんでこいつは
ナブカは目線を落とす。
マットレスの上、何もない布地の上に、
何かをかき抱くように差し伸べられたタブールの腕。
多分今も変わらず温かい。
なんでこいつはこんな我が儘を?
抱きしめられるのは不快じゃない。
そんなことはとっくに気付いてる。
誰か他の人間の体温に包まれる。
それは人間なら誰でも心地のいいことなんじゃないのか。
だけど自分は女じゃない。
女じゃないのに、女のように抱きしめられてその腕に安堵してしまう。
浅ましい。
こんな浅ましい自分は大嫌いだ。
いくら体を重ねても、抱かれる痛みには慣れてしまっても、
他人の温もりに快楽を感じてしまう自分に慣れることなど出来ない。
だからこそ、
抱きしめられるのは愉快じゃない。
「ん・・・・・・・」
規則正しい寝息の音が乱れ、タブールが小さく息を漏らした。
少しもぞもぞと身じろぎしたかと思うと、再び深い眠りの中に沈む。
その様子に、自分でも表情が弛むのが分かった。
やめよう。考えても無駄だ。少なくとも今は。
ナブカはその場に重たい体を放り出した。
なんとなしに差し伸べた手は、温もりに触れるか触れないかの所でぱたりと落ちる。
不可抗力じゃないから、今はこれくらいがちょうどいい。
目を閉じると、眠りの微粒が頭蓋の中に染み渡り、
気付かれないようにそっと、ナブカは意識を手放した。
もう一度起こしにくるのは面倒だから、あと数時間だけ微睡もう。
ここで。
閉じられた世界の中、二つの寝息は静かに積もっていく。
夢や現のうちに、二人はどちらからともなく
温かなゆびさきを、重ねた。
−終−
統一性がなくなってきたので、そろそろ二人のポジションを確定させようかと考えた結果編み出された代物。
かなり実験色強め。制作時間は結構長かった割に、自分で読み直してみても心理描写だけでつまらない(死)。
交わることなく(違う意味で交わってるけど(死))拡がっていくお互いの世界が書きたい、というのが当初の目標だったのですが。
細かいところちょくちょく変えていく可能性が大きいです。探さないでね!
書いてる間に色々考えました。それは長いから割愛します。
「何考えたの?知りたいぜ」てな奇特な方はこちらへ(笑)→論。
![]()