ワイミーズハウスの午後の天気はまるで台風だ。
棚の上のものは倒れ、おもちゃ箱はひっくり返り、洗濯物はぐちゃぐちゃに。怯えた子どもが泣いている。
食堂、廊下、ずいぶん馬鹿げた嵐だ。
ああ、台風は今、この部屋の中で停滞の様子。
childishly
「くそっくそっくそっ」
メロは意味のない怒声をはきながら、机の上のものを掴んでは投げた。何を投げているかなど血が上りきった頭では理解していない。でもメロにとって、この部屋にあるものはすべて自分の宝物だったはずだ。メロは気に入ったものしか周りに留め置かない。
「・・っ・・・!!!」
肺の空気を全て絞り出すように息を吐くと目の前が血の色に滲んだ。勢いに任せて足下のゴミ箱をおもいきり蹴り飛ばす。ティッシュや丸めた紙切れ、菓子の包み紙が宙に舞い、メロの大事な一人部屋を埋め尽くすようにばらけて落ちた。最後の一切れが床に着く頃、メロの頭は周囲の状況を把握できるほどには冷静になった。いつもは子どもの遊ぶ声で満ちている施設内は嵐の夜のように静まりかえり、自分のものでごちゃごちゃになった部屋の中一人で息をつく自分を認識する。
「くそっ・・・!」
しかし抑えきれない破壊的な衝動は再びやってきて、メロの手を動かそうとした。その途端。
「あーあ。やめときゃいいのに」
聞き慣れた声にハッとする。また来た。あいつだ。
「お気に入りの本、破けちゃったぜ」
予想どおり、メロのとなりにはもう一人のメロがいる。メロと同じ服を着てメロと同じ顔で、哀れな赤い表紙を指さして笑う。
「後で後悔するんだろ?いつもこれだ」
「うるさい!うるさい!うるさいっ!!」
メロは近くに落ちていたハサミをメロに投げつける。もちろんハサミは彼を素通りし、壁に突き刺さった刃の手前で、再び嫌味な笑い声が聞こえる。
「また部屋に傷が付いた。そんなに部屋が嫌いかい?」
「消えろ!何も聞きたくない!」
聞こえる控えめなノック。メロは食いつくような目でドアーをふりかえる。いつもはアメリカ式に寝る時と着替えの時以外はドアーを開けておくメロだが、今日は部屋に戻った時壊れそうな勢いで閉めたきりだ。
「こんな格好悪いとこ、見られたくないもんな」
吹き出す声と共に絶妙のタイミングで合いの手を入れるもう一人のメロ。頭にカッと血が上る。
「あの・・・メロ?」
おそるおそるドアーを開けたのはシンディーだ。いつもは快活に弾む茶色のおさげ髪が、怯えるうさぎの耳のようにふるふる揺れている。
「何しに来た!!」
興奮しきったメロの声に、シンディーは一瞬びくりと身を震わせた。
「あの、ロジャーがメロを呼んでこいって・・話したいことがあるからって・・」
「僕は誰にも会いたくないって伝えろ!」
「でもメロ」
「黙れよ!帰れ!」
飛んできた置き時計にシンディーはきゃあっと悲鳴を上げる。走り去る時のシンディーの目に、涙がたまっているのをメロは見た。けれどそれっぽっちの水ではメロの頭を冷やすには不十分だ。
くくく、ともう一人の自分の声が聞こえる。
「ハサミは投げないんだ。結構冷静なんじゃないか」
床に転がるピエロの置き時計も笑っている。メロを馬鹿にしている。リズム良く進む秒針がメロの苛々を助長した。
「もうやめたら?ロジャーに謝ってくればどうだい?」
「黙れ!」
「もっともっと怒られたいんだ。悪ガキもここまで来れば立派なもんだね。損な役回りだって気付いてる?」
「黙れっていってるだろ!」
壁にぶち当たるペン立て、ノート、宝物入れ。砕け散る花瓶。みんなで一緒に摘んだ花は、見る見るしおれて色褪せる。
また一通り暴れて、メロははぁはぁと肩で息をする。その後ろでは面白そうに眺めていたメロが相変わらずニヤニヤと笑っている。
何もかも諦めたように、メロはベッドに身を投げつける。急過ぎる重力の変動で頭がぐらぐらする。
「疲れたんだ。馬鹿みたいだね」
「うるさい」
「それともあいつが来ないからってふて腐れてる?」
「もうほっといてくれ!」
ケットを頭から被ると、いきなり世界は真っ暗になった。
真っ暗な世界なのに、目の前にまだ自分がいる。大嫌いなニヤニヤ笑いで、自分を見つめている。
「またずいぶん暴れたね。みんなに嫌われて気が済んだ?」
「僕は元から嫌われ者だよ」
「そうかな。でも嫌われたいわけじゃないんだろ?」
チェシャ猫のように悪魔的な笑い。一番言って欲しくないことを言う大嫌いな自分の口。
「これであいつはまた同情されて、お前は余計に嫌われる」
「!」
「嫌われ者を自称しても、あいつより好かれたいって、あいつより認められたいっていつも思ってるだろ?本当は」
「違う!」
それ以上は何も言い返せない。メロの唇は凍った水のように青ざめる。
「だからやめておけって言ったのに。意地張って、子どもじゃあるまいし」
「うるさいうるさい!だってあいつが悪いんだ!」
「そうだね。悪いのはあいつさ。でも、お前は悪くなかったのか?」
その言葉にハッとする。頭上のスクリーンに昼間の光景が映し出された。勢い込んで捲し立てる自分の表情。それに戸惑った様子で言い募る相手の顔。拳を受けて痛々しく染まる白い頬。慌てて止めようとする周囲の子どもを突き飛ばして逃げるように走る自分。歪む画面。
怯えた子犬のようにメロは叫んだ。
「悪くない!僕は!」
「そうかい。そうは見えないけどね」
真っ暗な世界で逃げる場所がない。叫び出しそうな自分を、抱え込むことでなんとか止めた。二の腕に指が食い込む。
「僕は・・・」
「いつも二番で暴れん坊。その上自分の悪さを認められない弱虫ときた。Lに嫌われるのも時間の問題かな?」
「お前なんか大嫌いだ!消えてなくなれ!」
大嫌いなのは自分だ。消えてなくなりたいのは自分だ。こんな子ども染みたことをしてしまう自分自身だ。抱え込んだ二の腕から血が噴き出す。メロは号叫した。
「メロ」
呼びかける声で反射的に瞼を開ける自分を自覚した。連れ戻されたそこは真っ暗な世界ではない。濁った黄色い光に染まった壁が目に入る。薄暗さで夕暮れだということはすぐに分かった。
「・・・・」
「メロ、起きてますか」
メロは壁の方を向いてベッドに転がっている。振り返らなくても、戸口のところに誰がいるか分かっている。
「そこに落ちてる時計よりこっちに来たら殺す」
一番会いたくないと思っているはずの相手だったから、できるだけ凄味をきかせて言った。思ったより気分は穏やかだった。とすとすと軽い足音がためらいもなく近づいてくる。
「話したいことがあるんです」
「殺すってのが聞こえないのか!!」
「さっきはすいませんでした」
「・・・」
足音はベッドのすぐ脇で止まった。メロは額をまくらに押しつける。頭の上から穏やかな声が降ってくる。
「あんなことを言われたら、怒るのは当然だと思います。私が悪いです」
声は途中から、頭の横で聞こえるようになった。磁石と磁石が退け合うようにメロは壁に額を押しつける。耳の奥で、くくく、という自分の笑い声が聞こえる。うち消そうとメロはシーツを掴む。
「お前のそういうところ一番気に入らない」
「はい」
「人を怒らせる前に気付くべきだろ馬鹿」
「はい」
「元々嫌いだけど益々嫌いになった」
「はい」
「出てけよ早く」
「いやです」
声は真剣だった。
「許してくれるなら出ていきます」
「僕は絶対許さない!」
ギリ、とシーツが悲鳴を上げる。これでは自分は本当に馬鹿みたいではないか。
「謝ったら優位に立てると思うなよ」
「そんなこと思ってません」
「ガキっぽいと思ってるんだろ」
「メロも私も、まだ子どもですから」
シーツの悲鳴が止まった。
「そんなのお前だけだ。負けず嫌い」
「メロもでしょう。メロも子どもです」
「一緒にするな!」
「その方が、メロらしいです」
ぎし、と軋んで、ベットが少し沈み込む。
「メロはロジャーに怒られます」
「分かってるよそんなこと」
「理由を話します。私も一緒に怒られます」
「いい子ぶるなよ。そんな真似絶対するな。僕は全然怖くない」
「メロはいつもそうです」
「・・・・・」
「・・・・ごめんなさい」
「・・・・・」
「ごめんなさいメロ」
「うるさいよ」
「私はメロが好きです」
「僕はお前なんか大嫌いだ」
もうあの笑い声は聞こえない。その代わり、音もせず、見えもしないのにニアが後ろで笑ったのが分かった。本当は笑ってなんかないだろうけれど。ベッドがふたりの分だけ沈んで、メロの体は後ろに傾いた。
「夕食だろう、もう行けよ」
「私も一緒に夕食抜きになります。ここにいていいですか?」
「・・・・・」
「ありがとうございます」
「黙れよ。寝る」
「ロジャー?」
シンディーはおそるおそる目の前の背中に声をかけた。ロジャーは振り返って、しぃっと人差し指を立てる。少し遅れて眼鏡の奥に満足そうな笑みを浮かべた。
「マムに言って、二人の夕食を持ってきておくれ」
「? はい」
「しばらくそっとしといてやった方がいいだろう」
僅かに開いたドアーの隙間から穏やかな寝息が漏れてくるのを聞いて、シンディーはロジャーの意図するところをたちまち理解した。二人は目と目を見合わせて笑う。頷く少女の笑顔の後ろで、茶色のおさげ髪が弾んだ。
《終》
〈2005/5/31〉
友人と喧嘩して出来た話です。蕎麦よごめん。しかも喧嘩の原因がデスノートの話・・・。
ニアに夢を見すぎだということに気付くのが遅すぎました。
喧嘩の原因は各自で補完してください。多分
メ:「このアニメ面白いだろ?」
ニ:「そうですね。面白くはありますが」
メ:「何だよ」
ニ:「設定が少し頂けません。もっと(中略)した方が良いです」
メ:「何だと?」
みたいな下らない原因です。
私と友人の喧嘩がこれです。(死)
ワイミーズハウスはもっと劣悪な環境が良いです。一人部屋じゃなくて10人部屋くらい。