One must go abroad for news of home.





It likes a lighthouse.




アメリカ合衆国、ロサンゼルス。
FBI・CIAの精鋭を集めて結成されたキラ捜査本部SPKは、設立からひと月を迎え、盆と正月が一度に来たような忙しさを迎えていた。
殺人ノートの存在を裏付けるための物証や証言の収集、ここ数年間の日本警察の動向調査や来るべき交渉にむけての対策など、手がけなければならない仕事の範囲は果てしなく広い。その上公に動向を嗅ぎ取られるわけにもいかないため本質的に動かせる人数は少なく、時間はいくらあっても足りなかった。

「ニア、どうやら今夜も調査が長引きそうだ。少し休んでおいた方がいいんじゃないかね?」
レスター指揮官はブラックコーヒーの入ったマグカップを片手に、中央のデスクの前にうずくまる少年に労いの声をかけた。日本警察との取引を前に、SPK本部の捜査官達はここ数日間家にも帰らず仕事を続ける有様だった。機関の中心とも言うべき指揮官のレスターと、Lを継ぐ者であるニアは特に忙しい、はずだった。が、
「ええ、私なら大丈夫です。ありがとうございます」
殊勝な言葉を吐きながらニアはうずたかく積まれたマッチ棒の山から目も離さない。
端から見たらマッチ棒で遊んでいるようにしか見えないが、もう片方の手はとつとつとマウスを動かしているのでどうやら仕事はしているようである。
こんな片手間の作業で他人の十倍以上の成果を上げてしまうのだから余計に始末が悪い、とその場にいる誰もが思っていた。
何でも積み上げたがるのはどうやら彼の癖のようだ。先週などはレスターが食事で席を外した隙にMOディスクが未整理の分も含めて消防車のはしごのように積み上げられていた。
頭痛を堪えながら膨大な量のファイルを整理したレスター達は、それ以来ニアの周りにマッチ棒やサイコロなど積み上げられても構わないものを欠かさないようにしている。
苦い経験を思い出したレスターはニアの背後でこっそりこめかみを押さえた。
「・・ときにレスター指揮官。『彼』について何か分かったことはありますか?」
ニアのその一言で、レスターの額に脂汗が浮き出す。
『彼』とはもう誰のことか聞かなくても分かっている。レスターはSPK設立からほぼ毎日、ニアにこの質問をぶつけられていた。
「い、いや・・・聞き込みは続けているのだが、まだ進展といえる進展は・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうですか」
ニアは心の中でちっと舌打ちをする。声や動作には出さなかったはずなのにレスターはびくりと身をすくませた。
「す、すまないな。役に立てず・・」
「いえ、レスター指揮官が尽力してくださっていることは私もよく分かっています。キラ探しや日本警察の調査の合間に人捜しでは指揮官も大変でしょうし」
ニアの言葉が上っ面だけなのは途中からマッチ棒を積み上げる速度がみるみる加速していったことから見て明らかだ。
レスターがキリキリ痛む胃を押さえてその場をそそくさと立ち去った時には、マッチ棒のタワーは3つに増えていた。

  まったく使えない。何のために100人近くの捜査官を彼の下に付けたと思うのか。FBIの指揮官ともあろう者がこのていたらくでは国の行く先もしれようというものだ。
ニアは眉ひとつ動かさないまま不穏なことを考えた。マウスを動かしていた方の手で、胸ポケットに忍ばせたメロの写真をぐっと自分の胸に押さえつける。
  ああ、なんだって彼の行方も分からないのに何日もぶっ続けでこんな席に座って仕事に励まなければならないのだろう。人並み外れた頭脳なんかより、どこにいてもメロの居場所の分かるセンサーでも搭載して生まれてくれば良かった。
片膝を立てて椅子に座ったまま、ニアは大いにため息をつく。
何か凡人には分からない悩みで嘆いているらしき天才少年を本部の中心に据え、捜査官達は遠巻きに見て見ぬふりを続けるのに精一杯だった。






ほぼ同時刻。同じロサンゼルスの空の下。
ニアのいた高層ビルディングの上階よりも遙か下方。人々が行き来する往来より少し外れた一角で、もう一人のLを継ぐ者は息づいていた。
この街ではドラッグの売買や闇賭博などが日常の出来事として行われている。大規模なマフィアの温床であるこのタウンは、いくつかのファミリーが共に軒を連ねている一触即発の地域だった。組織はそれぞれ金融業者や実業家と癒着し、アメリカ合衆国の暗黒面の発展に一役買っている。
特にこの区画は、アメリカでも1,2を争う秘密組織の牛耳る地域であり、少しでも知恵と経験のあるギャング達は恐れて足を踏み入れることすらない。
深く入り組んだ路地の間には、地獄への入り口のような暗い穴が幾つも空いている。今夜もその穴のひとつで、とあるマフィア達の密会が行われていた。


「あぁもううっせぇよ!黙って飲むくらい出来ないのかてめぇら!!!!」
地階のバーからは、分厚いドアを吹き飛ばす勢いでメロの激しい罵声が聞こえてくる。
「そんなこと言わずにメロ。マンション買ったんだけどなかなか入居する奴がいなくて・・どうしたらいいと思う?」
「知るか!潰れちまえ!」
「なぁメロ。来週彼女の誕生日なんだがハンドバッグとネックレスどっちが・・」
「やかましいハゲ!そんなことで俺の頭を使おうとするな!!」
おろおろと追いすがる屈強な大男達を派手に罵りながら、メロは勢いよくバーの扉を閉めた。
バーから出ても一向に苛々はおさまらない。メロは背中を叩き付けるように壁にもたれかかり、コートのポケットからチョコレートを取り出して盛大にかぶりついた。

  アメリカでもトップクラスの犯罪組織に鳴り物入りで入ったはいいが、毎晩毎晩人を呼びだしては下らない身の上相談ばかり・・・これじゃ何のためにのし上がってきたのかわかりゃしねぇ。
がじがじとチョコレートを囓りながらメロは額に血管を浮き出させた。チョコレートは苛立ちのあまりほとんどメロの口から砕けてこぼれ落ちている。
半年ほど前、メロはあるファミリーのボスの首を土産に、L.Aで最凶と謳われたこの組織に入り込んだ。組織のメンバー達ははじめ年若なメロを軽視するようなところがあったが、いくつかの大きなヤマをこなしていくうちにメロの頭脳を高く評価するようになった。そこまではメロの計画通りだ。
が、近頃はその評価が崇拝の域にまで達し、悩み相談の窓口係のようになって苛ついているメロだった。
  ニアより先にキラを捕まえて一番になるつもりだったが、肝心のキラが大きなアクションを起こしてくればければ動けない。しばらく馬鹿どもとこの生活か・・・ああ、これならワイミーズハウスでニアとLの座を取り合ってた方がいくらか刺激があっただろうか。
肝心のニアがどこにいるか分からないのでは一番になっても溜飲を下げることすら出来ない、と気付いても時既に遅し。勢いでホームを飛び出した自分の若さを嘆くメロだった。
「もう帰って寝よ・・・」
はぁぁ〜と大きなため息をついて、夜の暗黒街の中、メロは一人肩を落とした。






ホテルの部屋に帰り着いたメロは、乱暴にファーの付いたコートを脱ぎ捨てた。放るようにドア脇の外套かけに引っかけると、大股に奥へ進む。わざわざ操作しなくともこの部屋はオートセンサーで照明がつくようになっている。
部屋は白と茶を基調とした内装で、スイートとまではいかなくとも広々として過ごしやすい作りになっていた。
メロは現在、このホテルの一室に身を据えている。いくつかの大きなホテルが争うように乱立しているこの辺りでは、中程度の規模のこのホテルが身を隠すのにちょうどいい。キラとやり合うつもりでいるメロは、身辺の情報が漏れることに常に注意して暮らしていた。さらに組織がバックアップしている実業家の経営するホテルだからタダで宿泊できる、というあつらえ向きの理由もあった。
「ちっ。あと一枚か」
冷蔵庫の中には付属の飲み物がたくさんと板チョコが一枚。食べたい時にないと具合が悪いので、常にチョコレートは10枚ほどストックしておくメロだった。
「仕方ねぇ。買いに行くか」
普段なら誰かに言って買ってこさせるところだが、またあれこれ悩みを持ちかけられるのも鬱陶しい。メロは億劫そうに肩を鳴らすと再びコートを手に部屋の玄関をくぐった。



パタン、と静かに扉が閉まると同時に、メロはとなりの部屋の玄関に目をやる。
今帰ったらしきそこにいた人物もほぼ同時にこちらを振り向いた。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
無言で見つめ合う。
サイズの合っていないだぶだぶのズボン。同じくだらりとだらしなく羽織った上着。白に近い色の巻き毛。ぼーっとした無表情・・・・。
「ーーーーーーーーっ?!?!?!」
メロは声にならない悲鳴を上げて1メートルほど跳びすさる。
そこにいたのは紛れもない永遠の好敵手、ニアだった。
「に、に、に―――――!!!」
驚きすぎて言葉を発することが出来ず、メロは口をぱくぱくと開閉させる。ニアの方も半開きの目を丸くしてメロを見つめていたが、はっと気付くと素早くメロの方に走り寄った。
「メロ、こっちです」
「な、な、あ、ちょっと待ておい!!」
言うが早いかニアはメロの首根っこをひっつかむと自分の部屋に引きずり込んだ。
ばたんとドアが閉まり、木霊するメロの声が余韻を持って消えると、廊下にはオートロックのかちゃんという音だけが小さく響いた。



「メロ、廊下で大声を出してはまずいです。目立つといけないからここに泊まっていたんでしょう?」
「な、おま、ニア・・・」
「驚くのは無理もないですが状況を考えないといけません。メロ、あなたはいつも感情的になりすぎて大事なことを・・・」
「やかましい!! ニア、お前どうしてここが分かった?!」
きんきん響く声で怒鳴り散らしながら、メロはニアに食って掛かる。
「誤解です。私は偶然ここに居を置いていました」
まぁどうぞ、とニアはメロにソファを勧める。
「・・・・」
興奮が収まらないメロはニアの言葉に半信半疑の状態だったが、確かに落ち着いた方が良いと思い大人しくソファに腰を下ろす。
ソファはもちろんメロの部屋のものと同じ、落ち着いた薄茶の革製のものだ。腰を下ろすと、高級な家具らしくメロの腰を大きく沈んで受け止める。ニアは斜め横に同じように据え付けられたソファに自分も腰を下ろすと、片膝を引き寄せて穏やかに話し始めた。
「とりあえずは落ち着いて話しましょう。私も驚いているんですが」
とてもそうは見えない。とメロは思ったが、その言葉は口には出さなかった。
「俺を捜して来たんじゃないとしたら、なんでお前がここにいるんだ!」
「私は現在の仕事柄、身元を伏せて生活しています。だから一定した住居を持たないようここを選んだだけです。おそらくメロも同じでしょう」
メロは何も答えないことでおおよそを肯定した。
「アメリカに渡ってからホテルを転々として、半月ほど前からここに逗留していました。メロがアメリカの大都市にいるとは踏んでいたんですが、まさか隣にいるとは思いませんでした・・・運命ですよね」
こんな冗談のような運命の元に生まれついた自分を心底哀れだとメロは思った。
「まぁ嘘やごまかしじゃないとは思うが・・・お前も俺もお互いに居場所や現状が知れるのは都合が悪いだろう」
「まぁそうです」
「俺はひと月ほど前からここにいるんだが」
「じゃあ私が来る前からいるんですね。半月もの間隣で暮らすメロに気付かなかったとは・・・愚かな私を許してくださいメロ」
「やかましい」
ため息と共に芝居がかった台詞を吐くニアをメロは早々に遮った。
「とにかくだ!俺の方が先にここにいるんだからお前は出ていけ」
「いやです」
最後の方はかぶせるようにしてニアはきっぱり拒絶する。
「何で出ていかないといけないんですか」
「ケンカ売ってんのかコノヤロー!いいか、世の中ってのは早い者勝ちなんだよ!俺の方が早かったんだからお前が出ていくのが当たり前だろうが!」
運動場の場所を取り合う小学生のような理屈でメロは声を荒げる。唾を散らして詰め寄るメロを、ニアはちがいます、と制した。

「私もメロも出ていく必要はない、ということです」
「は?」
「この広いアメリカで再会することが出来たのに、みすみす別れて暮らすなんて変です。せっかく私たちを出会わせてくれた神に申し訳が立ちません」
恐ろしいほどに真剣な顔で語るニアに、お前はいつから神論者になったのだと言いたい気持ちを抑えてメロは言った。
「馬鹿か。お前も俺も身元を隠して行動してた意味がまったくなくなるだろ!」
「その辺は目を瞑ればいいです。お互い仕事の内容や活動場所には一切触れないで生活すれば問題ありません。部屋に手かがりになるものを持ち込むなんて事はしてないでしょう?」
「当たり前だ!だけどそんな器用な真似が出来るか馬鹿馬鹿しい!」
「メロはどうせキラのことについてでも調べているんでしょう?」
ニアの一言で、ぎくり、とメロは口の端を強ばらせる。
「私の近くにいれば何か有力な情報をかぎ取れるかも知れませんよ?」
ニアがそんなへまをするわけがない、とは分かっているが、脳味噌まで強面になってしまったマフィア達に囲まれているメロにとっては魅力的な話だった。
「大丈夫ですよ。一緒にいるくらいでは、私もメロもそう簡単に相手に出し抜かれたりはしないはずですから」
意味不明な筋道をたててにっこりと笑うニアに、メロは頭痛を感じて眉間を押さえた。この調子ではニアが出ていくことは有り得ない。それどころか自分が部屋を出ていったとしてもハイエナのようにどこまでも嗅ぎつけて追ってくるだろう。改めて自分の運命を呪うメロだった。
ニアは何か落胆しているらしいメロを見て、この上なく幸せそうに微笑んだ。
「メロ、会いたかったです」
「あーそう」
「とてもとても、気が変になるほど会いたかったです」
「ぼ・・」
僕、と言いそうになってメロは慌てて言い直す。
「俺はお前の事なんて思い出しもしなかったけど」
ふん、とメロは顔を逸らす。言ってから、小さくしまったと思う。つい昔の癖でわざとらしい否定をしてしまった。これではニアに対しては虚勢を張っていますと宣言するようなものだ。

それでも悔しさや苛立ちが湧き上がってこなかったのは、メロ自身、久々に見るニアの姿が予想に反して嬉しかったからだ。
ニアはくすりと笑う。メロは顔を背けつつも目線でニアを睨み付け、それから少しして、自分もニヤリと微笑んだ。

出ていくのはもう数日様子を見てからでもいいかな。
そんな愚かしい考えが頭をよぎるのを、メロははっきりと感じていた。




〈続?〉

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〈2005/06/06〉
最後甘々で終わらしてごめんなさい・・・。あと無駄に長くなってごめん。
「あれだけ探り合ってて隣の部屋とかにすんでたら面白いよねー」という友人蕎麦の神的発言を受けて書いてみました。蕎麦よありがとう。「Childishly」のネタも君がくれたようなものだし。
少年時代よりも施設出てからの二人の関係の方が萌える佐々原にはこういう設定がツボ。色々させたいし、また書くかも・・・。本誌ではニアはニューヨークだけどそんなことはもういい。
気苦労の耐えないレスターとほかほか家族なマフィアが好きです。
ちなみに一番上の英文は「灯台もと暗し」という意味です。lighthouseも灯台。