郷愁−Nostalgia−   〈4〉







「待てよタブール、おいったら!」
「うるっせぇ!あとは勝手にやってろ!」

乾拭きモップを片手に呼び止める少年を怒鳴りつけ、タブールはそのまま訓練場を出た。
翌日の清掃時間、タブールの正体不明の苛々はまだ続いていた。
第25階層の訓練場の掃除を割り当てられていたタブールだが、どうにも気が乗らない。すべて他の仲間に押しつけた。
その足で、隣の武器庫の扉を開ける。饐えた匂いが鼻を突いた。
乱暴に扉を閉めると、そのまま隅の方へ行き、壁に背を押しつける。
完全なサボりの体勢だ。


何にこんなにむしゃくしゃするのだろう。
変わらぬナブカの表情が、ほんとに人形みたいだったからか?
思い出すだけで苛々する。
タブールは髪をかきむしった。

そのとき、


キィ、と武器庫の扉が鳴る。一瞬ぎくっとしたタブールだが、入ってきた人物にもっと目を丸くした。
ナブカだった。いつもと同じ厳しい表情をして、奥にいるタブールを見つめている。
そのままこちらへ歩み寄ってくる。
注意しに来たのか、と身構える。
しかしナブカはタブールからあと数歩の所で立ち止まり、そのまま壁際に腰掛けてしまった。
思いも寄らぬ行動にタブールは少しの間呆気にとられていたが、何か言うのもはばかられる気がして先程までと同じように、ポケットに手を突っ込んで立ち続けた。


何を考えてるんだろう、と思った。
どうもナブカの行動は変だ。
あんな事を誰かに知られてしまったら、普通その相手を避けようとするだろう。
なのにナブカは、いつもよりも積極的に、自分といる。
タブールへの口止めをするわけでもなく。


「なぁ」
沈黙が苦痛になり、タブールは口を開いた。
「なんか言えよ」

しかしナブカはまるで聞こえなかったかのように、ぼうとしている。
その視線は足下の床に突き刺さったままだ。
タブールは先程までの苛立ちを思い出した。
「お前も掃除だろ。こんな所にいたらいけないんじゃねぇのかよ」
いい子ちゃんとしては、と付け加える。
その挑発はナブカから言葉を引き出す為だ。
ナブカはゆっくり口を開く。

「たまにはさぼらないと、やってられない」
表情を変えず、それだけぼそりとつぶやく。

驚いた。
ナブカの口から出た言葉とは思えなかった。
今まで一度として、ナブカからそんな台詞を聞いたことはない。自分以外の人間でもそうだろう。
品行方正。決められたことは何でも完璧にやる。その仕事には非の打ち所がない。そんな人間だった。ナブカは。
何かゆがんでる。おかしい。何故。
そう考えると、さらに苛々は募った。
いっそ殴りつけたい。そんな凶暴な思いを押さえてタブールは笑う。
「へっ。そうか。教官様のお相手ってのはさぞ大変なんだろうなぁ。そりゃたまには休まねぇと体も保たねぇよな」
タブールはにやにやと笑いながら、ナブカの顔をのぞき込んだ。
できるだけナブカが傷つくような言葉を、選んで言ったつもりだ。
しかしこれほどの挑発にも、動かぬ表情。その顔に、苛々は頂点に達した。

「案外おまえの方から教官に言いよったんじゃねぇのか?隊のトップになる為に」
なんとか口元だけ笑いを保ちながら、苛立ちに任せてなおも言い募る。
「ずいぶんいいもんもってんだろうなぁ。一度お相手願いたいもんだぜ」
はっ、と吐き捨てるように言った。
もちろん本気で思っているわけではない。
怒りでも、悲しみでも何でもいい。とにかくナブカの無表情をうち崩したかった。
しかし、それだけ言っても、ナブカは何か考えるような感じで宙を見つめ続けている。
舌打ちし、タブールは武器庫を出ていこうとした。これ以上いたら本当に殴ってしまいそうだ。
そのとたん。
        
「別にかまわん」
「・・・へ?」
ナブカの口から飛び出したわけのわからない言葉で、タブールの苛つきは吹き飛んだ。
ナブカの目が、ゆっくりとこちらを見る。
「お前の相手をすればいいんだろう」
ナブカの口がゆっくり動く。
その言葉の意味をようやく理解して、顔が見る間に紅潮していく。
タブールは混乱した。
「え・・・あ・・・・・」
先程の苛立ちはどこへやら、何とか取り繕おうと意味もなく両手をばたつかせた。
「な、ナブカ・・・冗談・・・」
「今夜みんなが寝静まってから、第3ボイラー室の隣の倉庫に来い。誰にも、見つかるな」
わかったな、と釘を差し、ナブカはさっさを武器庫を出ていった。


 何を考えてるんだろう。

あとには行き場のない手を宙に浮かせたままの、タブールだけが残った。








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はい。もうそろそろ、来ます(なにが?)
タブールはどんどんどんどんヘタレになっていきます。
追い打ちをかけるように平手をしてやりたいものです。

そうそう、この話(『郷愁』シリーズ)って、圧迫感というか、閉塞感がテーマなんですよ。閉塞感。(言うの遅い)
読んでるあなたもナブカやタブールと同じ、閉塞感を味わってください。
その辺文章にうまく出てないかもしれませんが、持ち前のガッツで頑張って感じて頂けるとありがたい。