郷愁−Nostalgia− 〈6〉
俺は何をやってるんだろう
こんな場所で、こんなやつと、命令されたわけでもないのにこんな事をしている。
何故だろう。
何故こうしなければならなかったのか。
抵抗しているわけでもないのに、強く押さえつけられている右腕が少し痛い。
素肌の上を、妙に熱い指が滑る。
誰に教えられたわけでもないだろうに、本能でどうにかなるものなんだな。そんなことを考えていた。
実際タブールの指は、ナブカに何の感情をももたらさなかった。
高揚も嫌悪も今の自分にはなく、まるで魂だけ自分の体と離れて、滑稽な自分たちを見下ろしているように感じられた。
それはタブールに限ったことではない。
力でもって自分を抱くあの教官も、ナブカから痛み以外のなんの感情も引き出さない。
初めのうちに感じていた津波のような嫌悪感も諦めとともにすぐに去り、行為による痛みだけが残った。
その痛みにもいつしか慣れてしまって、ナブカはいつも、ただ天井を見上げていた。
―――オレンジに照らされた天井。
タブールの息づかいと、ごぅという機械のうなりだけが聞こえる。
何故、自分はああまでむきになったのだろう。
おとついの夜、教官室の前、隠れていれば良かったのに彼の前に姿を現した。
誰にも知られたくなかったのに、何故そうした?
タブールの言葉が悪い冗談だったのは知っていた。しかし真に受けた振りをした。
慌てる彼の抵抗を封じ、退路を封じ、その冗談を利用した。
すべては彼にこうさせる為。
少し顎を引いて、自分の上で何かしているタブールの顔を見る。
あの男とは違って、ちっとも楽しそうじゃない。
何だか必死な顔だ。
目を閉じると、オレンジの残光。
夕日と、炎。必死に泣き叫ぶ、幼いタブールの顔。
ああ、そうだ
いつも、思っていた。
村は遠い。
もう残っているのは俺とお前だけだ。
俺とお前だけなのに。
お前はいつも別の誰かといた。
お前はいつも楽しそうに訓練をこなしていた。
お前はいつも、ここでの生き方を知っていた。
お前はいつの間にか、俺を見ないようになった。
お前には俺が必要じゃなかった。
だから
「痛っ・・・」
下肢に軽い痛みを感じて、ナブカはかすかな声を上げた。
見るとタブールの指はいつのまにか足の間に移っており、ナブカの最奥を探るようにしている。
「わ、悪ぃ・・・」
妙に焦った声で、タブールがナブカの顔を見る。
ナブカは少し考えてから、かろうじて腕にからみついていた自分の上着の内ポケットを探った。
中から小さな円筒状のケースを取りだし、蓋を取ってタブールに渡した。
中には軟膏のようなものが入っている。
「脂で作った潤滑剤だ。塗ってくれ」
それを聞いたタブールの顔が、見る見る赤くなるのが分かった。
何か困ったような、悲しい表情にも見える。その顔は、記憶の中のように幼かった。
なんで・・・と言う声が、かろうじて聞こえた。
ナブカはボイラーのうなりで聞こえない振りをした。
最奥に人の指を感じながら、呼吸を小刻みにしていく。
ナブカは目を閉じた。
なんで?
俺は、何かお前にとって特別なものにならなきゃいけなかった。
俺とお前の間に、何か特別なものがほしかった。
でも、俺はあの中には入れないから。
俺にはこうすることしかできなかったから。
お前の気を引く為、俺にできるのはこんなことしかなかったから。
何度目かの指が出ていった。
閉じた瞼の裏には、オレンジの残光。
ごぅんごぅんといううなり。飲まれてしまいそうだ。
そして、先程まで指がいたところに、熱いものが押し当てられるのが分かった。
慣れたことだったはずが、なんだか泣きたくなった。
でも、むきになっていたことは初めから分かっていたはずだ。
ぐっ、という圧迫感。
瞼の裏に泣き顔が浮かぶ。
一切の余計な思考を、頭から追い出す。
今は人形にならなければ。
俺にはこうすることしか
こんなことしか
こうすることしか
こんな――――――――――――――――――――――
「は、あっ・・・・・・」
その瞬間、下の方で、何かが弾ける感じがして、急に圧迫感が消え去った。
「?」
不思議に思って目を開けると、自分の足の間で硬直しているタブールが視界に入った。
タブールが顔を上げ、目があった。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・悪ぃ・・・・・」
消え入るような声で、失敗した、と聞こえた。
こらえきれずにくくくと笑い声を漏らし続けるナブカの隣で、タブールは怒りとばつが悪いのとを混ぜたような表情で身なりを整えていた。
「だーからいい加減に笑うのはやめろ!!!初めてなんだから仕方ないだろうがっ!!!」
隣の、いまだ半裸のナブカに怒鳴り散らす。
先程までは笑いの嵐だったのだ。
まだましにはなったがいい加減笑いすぎである。彼の自尊心は傷つきっぱなしだ。
「いや、悪い、何がこんなにおかしいのかわからないんだが・・・」
そういってはまた笑い声を漏らす。
「それなら笑うな!大体、お前があそこで変な声出すから・・・」
そう言って、タブールは思い出したように赤くなる。
もうすっかり、あたりはただの倉庫に戻っていた。
橙の光も、呪縛がとけたようにただ明るさを保っている。
何より、今までの張りつめたような感じが、ナブカから消えていた。
笑いはようやく収まったようで、柔らかくなった表情のナブカにタブールは幾分ほっとした。
ナブカは目線を上げて、タブールを見る。
「悪かったな、タブール」
その言葉はタブールに小さな不審を与えた。
何が、悪かったのか。笑ったことか?それとも・・・
なぁ、とタブールは口を開く。
「お前は、大丈夫だったのか?無理してたんだろ」
その言葉を聞いて、ナブカがはっとする。
そして、またうつむいて笑い声を漏らす。
笑い声の中に、無理をしてたのはお前だろ・・・という台詞が聞き取れた。
「てめぇ!人が心配してやってんのに――!」
赤くなり、再びくってかかろうとしたタブールは、何かに気づいて、息をのんだ。
「お前、泣いてんのか・・・・・?」
しかし、よく見るとそうではない。
ただ、ナブカはうつむいて眉間に手のひらを当てたまま、小さく笑い続けている。
何故泣いてるように見えたのだろう。
震える肩にか。
しゃくりあげる声だろうか。
ナブカはタブールの問いに答えず、ただ、言った。
「悪いな。なんだか、良かった。なんだか分からないが、嬉しくてたまらない」
部屋の中には、ごぅんごぅんといううなりと、ナブカのかすかな声だけが響いていた。
二人はしばらく、そうしていた。
〈5〉へ
長くてごめんなさい。
書きたいこと全部書きました。
今思うと、各話でタブールサイドとナブカサイドに分かれてて主体がわかりにくいですね。
一応自分の中での法則に従い、主体を使い分けてるんですが、「わからん!」という方はご一報下さい。
上の方にちっちゃく【Nabuca Side】とか入れますから。
何故今の時点で入れ渋っているかというと、タブールの綴りがわからんからです。オープニングにいないんだもん、奴(涙)。