手の中の帰途 〈2〉







ナブカはそれからしばらく口をきいてくれなかった。
任務以外のことで話しかけてもまったく無視する。何も言わなくてもその体からはひしひしと怒りのオーラが伝わってきた。
プラスの態度はまったく表に出さないくせに、マイナスの態度は惜しげもなく出す。
そんなところが余計に腹が立つ。


「おい。まだ怒ってんのかよ」
しかし先に折れたのは、やはりタブールの方だった。
そのとき、ナブカは宿舎で体を休めていた。
幸い他の少年達は雑談に花を咲かせている。ブゥが便所に立った隙を見計らって、タブールは声をかけた。
ナブカは小さくため息を漏らす。
「怒ってない」
「じゃあなんでピリピリしてんだよ」
「してない」
ナブカはこちらを見ようとはしない。
でもそれはいつものことだったから、タブールは気にしないでおくことにした。
「話がある。今晩いいか?」
ナブカの眉がピクリとする。
それはナブカを誘うときの常套文句だ。
タブールはもう十日以上、ナブカに触れていない。
一度たががはずれてしまうと、情欲は抑え難かった。
いつも自分から誘うのはやはり悔しかったが、とりあえず今回は負けてやるから。そんなつもりで毎回誘う。
しかし
「駄目だ」
やはりそれも常套文句。
やっぱりまだ怒っているのかとタブールが口を開きかけると、ナブカの口から、今度はいつもとは違う拒絶が飛び出した。


 「今日は教官から呼ばれている。もうしばらく先にしろ」

ざわ、とタブールの中で何か嫌なものが急激に増殖する。
それが頭の血管をふさぐようになって、誇張ではなく一瞬眩暈を覚えた。

ナブカが教官に目をつけられていることなんて、前から知っていた。
ナブカが月に二三度、夜に寝台を抜け出すことも知っていた。
そのとき必ず感じていた嫌なものが、今一気に湧き出している。
軽蔑と羨望と哀れみと、強い怒りが綯い交ぜになった感覚。
それが嫉妬だとは、まだタブールは気がつかなかった。

「行くのやめろ」
湧き上がった衝動とは全く逆に、極めて静かにタブールは言った。
ナブカが再び、ため息をつく。

「できるわけないだろ」
「頭が痛いとか何とか言えばいいだろ」
「わかるだろう。命令なんだ」
「いつまで続けるんだ馬鹿!!」
突然の怒声に、談笑していた少年達がびくりとこちらを振り返る。
戸口でブゥも驚きの表情をして立ち竦んでいる。
緊張した視線の中、しばしの間二人は睨み合う。
ナブカが、ゆっくり口を開いた。
「場所を変えるぞ」
そう言って立ち上がり、戸口に向かう。タブールもおとなしく従った。
「ナブカ・・・」
戸口で心配そうなブゥがナブカの顔を見上げる。
「すぐ戻る」
ナブカはブゥに目元だけで微笑み、宿舎を後にした。




「何か考え違いをしてないか?」
しばらく廊下を歩かされて、突き当たりでようやくナブカは振り返った。
「どういう意味だ」
静かな苛立ちを抱えたまま、タブールは問い返す。
「俺は別に好きこのんで教官の部屋へ行ってる訳じゃない。どうでもいいと思ってるわけでもない。本心を言えば嫌だ。ただそれが拒めない命令だから従っているだけだ。」
その言葉にタブールは幾分満足した。
『仕方ない』  気に入らないが、その辺は自分だって分かっているのだ。
だが、ナブカはなおも続ける。
「でもお前の為だけにそうちょくちょく時間を割いてやるほど暇でも物好きでもない。あまり調子に乗るな」
ざわ、と心がささくれ立った。
「それだけだ」
言い捨てて、ナブカはタブールの横をすり抜ける。
その腕をガッと握り捉える。痛みに、ナブカは顔をしかめた。
『仕方ない』  その辺は分かっている。でも気に入らない。
何より気に入らないのは

「お前、何考えてんだ」
タブールは以前と同じ質問を、再びぶつけた。
「じゃあ俺は何だ。好きこのんでるのか嫌なのかどうでもいいのか。時間を割く気もないのに、なんであのとき踏み出した?」
視線を合わせる。
「言えよ」

「・・・・・・・・・・」
ナブカは答えない。
『そんなこと自分で考えろ』
あのときと同じ、そう言いたげだった。
二人はそのまま睨み合った。

「・・・勝手だ」
「勝手はお前だ」
「人の気も知らねぇで!」
「お前こそ人の都合を考えろ!」
だんだんと論理よりも苛立ちが勝りはじめ、売り言葉に買い言葉になってくる。
どうも話題がかみ合わない。それはいつものこと。

そのとき、宿舎の方がざわつき始めた。二人は反射的に視線をそちらに向ける。
夕の食事の時間が来たのだ。少年達が移動を始める気配がある。
ナブカはタブールの方に向き直ると、腕を掴んでいた手を振り払う。
冷静になろうとしているのが分かる。
「もう行くぞ。時間だ」
そう言って背を向ける。

「もういい」
斜めを向いたまま、言葉がタブールの口をつく。
        
        
 「もう金輪際お前なんかにかかわらねぇ」
        
        
視界に引っかかっていた、ナブカの足が止まる。
「お前もその方がいいんだろ?」
そこまで言って、タブールはナブカの背を見る。そして小さく息をのんだ。




ナブカはこちらを睨んでいた。
先程までとは比べものにならないほどの怒りを含んだまなざしで。
その拳も唇も、何か言いたげに震えている。
タブールはその表情によって体を縫い止められたように、微動だに出来なくなってしまった。



それでも、結局その唇が開かれることは、なかった。









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うって変わって険悪に。BGMをモー娘。からCoccoに変えたせいでしょうか。
もーむすもこっこも一発変換出来ちゃってびっくり。一太郎11尊敬。
もう少し軽いいざこざの予定だったのですが。BGMの魔力ってすごいですね。

私もここのナブカみたいに、自分の中で肝心なことだけどうしても言えなくなるタイプです。
それは自分の言葉に関して慎重になりすぎているからで、考えすぎてすべての可能性を洗った結果、どれが本当の理由か分からなくなるからです。
卑怯と思われるでしょうが、この文読んでて書いた私ですら卑怯だと思いましたが、こういうことはあるのです。どうしようもなく。

次で終わりの予定です。
なんでこう長くなってしまうのか(涙)。