手の中の帰途 〈3〉








失礼します、と小さく頭を垂れ、ナブカは教官室を後にした。
廊下の壁の小さな明かり取りから、薄ぼんやりと濁った月光が差し込んでいる。
体が重い。
ほんの小一時間、体を好きにさせていればいいだけのこと。この間まではそう思っていた。
しかしここのところ、その小一時間は自分から体力も気力も奪い取ってしまうようになった。
鉛のように重い体を引きずって、ナブカは宿舎を目指した。
早く体を洗浄して、眠ってしまわなければ。
数時間後には始まってしまう一日に、身も心も重かった。


這うように歩きながら、ナブカは思考を巡らす。

タブールと接触を持つようになってから、ナブカは教官に呼ばれるのがおっくうでしょうがなくなった。
今までは単にそれを、教官の相手とタブールのお守り、二つ同時にこなすのが体力的にきついからだと思っていた。
でも本当にそうなのか。

『もう金輪際かかわらない』
昼間言われたこと。
奴の勝手さに腹が立って、つい口論になった。
らしくもない。
大体、少しはこちらの体のことも考えてほしいと思う。
タブールは自分と会うときだけ、一日夜更かしすればいいだけのことである。
でも自分はタブールの相手をするとなったら、寝れない夜が倍に増えるのだ。
頻繁になれば昼がきつい。しかも自分の方が大変な役なのだ。
節制をするのは当然だし、昼間に多少苛々するのも当然だろう。
なんでそれくらいのことが分からないのか。
人に求めるだけ求めておいて、自分の思い通りにならなければ怒る。タブールの未熟さ加減に、あの時は血が
湧き上がるほど腹が立った。
でも、だったら
タブールとの接触が切れるなら、それはむしろ喜ぶべき事のはずなのだ。
なのにどうしてまだ体は重いのだろう。
教官の相手が嫌で仕方なくなったのは、ほんとに体が辛いからか?

そこまで考えて、ナブカはぷっつり思考回路を切った。
ため息で、決して楽しくはないその考えを洗い流す。
もう、どうでもいい。
疲れた―――――――――。



いつものように廊下の突き当たりを曲がる。
そこでナブカは立ち止まった。
いつもはない光景が目に飛び込んできたから。
前方の明かり取りの窓の辺りに人影がある。
その見慣れたシルエットに、ナブカは重みを一瞬忘れた。

よう、と軽い声かけで、近づいてくる。
その声を聞いて、心の中の何かは動いた。
でも足は地面に縫い止められたように動かない。眉も目も口元も、縫いつけたように動かさない。
できるだけ変わらない口調で、ナブカは尋ねた。
「なんでいる?」
「あの部屋は歯ぎしりがうるさくて寝れやしねぇ」
その答えに、いつも歯ぎしりがうるさいのはお前だろ、と心の中でつぶやいた。

帰るぞ、とそのまま宿舎の方へ足を進める。
彼もその後についてくる。
少しの間そのまま、縦に並んで歩いていた。

昼間あんなに腹を立てたはずなのに、不思議と怒りは湧いてこなかった。
疲れと、夜の清廉な空気のせいだ。ナブカはそう思った。
「昼、関わらないと言ったばかりなのに」
息を吐くように、ぼそりとナブカが言う。
それにタブールは、気が変わった、と短く答えた。
そして少しの沈黙の後、
「わかったから」
そう、後ろから声が聞こえた。

「お前、拗ねてたんだろ」
意味がわからず、ナブカは振り返る。
タブールはさらに続けた。
「昼間の。本当はあんな奴の所より俺の方がいいのに、俺が関わらないなんて言ったから、悲しくなって怒ったんだろ」
言われて、ぼんやりとナブカは考える。
まぁそれもあるのかもしれない、と思った。
「俺に手ぇ出したのも、助けてほしかったからなんだろ」
ナブカは考える。
そうだとも言えるし、そうでないとも言える。

「つまり俺のことが好きなんだろ」
「・・・・・・・・・」



なんだか都合のいい解釈をされている。

「違うのかよ。・・・でもどうでもいいことだ」
タブールはナブカの目の前まで詰め寄る。
「お前、こないだ『自分で考えろ』って言った。今のは俺が自分なりに考えたその答えだ。」
ナブカははっとした。
考えた?俺の考えを、この男が。それを言う為に待っていた?
「俺はお前じゃないんだから、違ってたって当然だ。でもお前は説明を放棄したんだからな。答えが多少違ったって、今更文句は言わせねぇよ」
仕方ねぇよ、とタブールは吐き捨てた。



体、重い。

ナブカはごく自然な動作で、タブールの肩にもたれかかる。
「わっ!おい・・・」
焦った声で肩を掴まれたが、無視した。
しっかりとした手。その体に遠慮なく重みを預ける。
ナブカが預けた重みの分だけ、タブールは支えてくれる。
タブールが支える分だけ、ナブカの体は軽くなる。
肩口に頭を乗せると、体とともに重苦しい気分も軽くなった気がした。
タブールの心臓の音が聞こえる。ずいぶん早い。
人の鼓動を意識するなんて、どれくらいぶりだろう。
なんだか嬉しかった。



「おい・・・帰るぞ」
緊張した面もちでしばらくナブカの髪に顔を埋めていたタブールだったが、何も言わないナブカにしびれを切らしたように歩き出した。
これ以上くっつかれたら妙な気分になる、という独白は胸にしまっておく。
決まり悪そうな表情をしながら、その左手はしっかりとナブカの右手を掴んでいた。

「あさって」
手を引かれながら、ナブカがぼそりとつぶやく。
へ?とタブールは振り向いた。
「明後日ならいい。話、あるんだろ?」
「あ」
どきっとした。ナブカが話を蒸し返すなんて、ないと思っていたから。
「本当にお前の言うとおり、話だけなら今日でもいいんだがな」
タブールを見て、ナブカがニヤリと笑う。
「話・・・・・・・・・・以外もしたいから明後日でいい」
頭から湯気が出そうだ。
照れ隠しに握った手をぐいと引っ張り、タブールは歩き出す。
負けてしまう。どうしても。
悔しかったが、今はそれほど嫌じゃなかった。

そういえば答え合ってたのかな、とタブールが思ったのは、もう少し先のことだった。






触れる手の熱さに、ナブカは考える。
もう身を預ける肩はないが、重みはいつの間にか消えていた。


タブールの言ったこと。
そうかもしれない。そうじゃないかもしれない。それはどちらも本当。
でもどちらかを取れば、どちらかは嘘になる。
どちらにすればいいかなんて、自分でも分からなかったから。
もし分かってたって、今更言えることじゃなかったから。
お前が決めてくれたらいいと思う。
どちらにしたって、自分は今、この手を離すことは出来ない。



そしていつかまた、こうして一緒に帰り着けたらいい。
手を握って。










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おまけ














終わりました。進展はしたけど結局何一つ根本的解決はできてない話。ズレたまま。
途中からナブカが何考えてるのかわからんようになってとても辛かったです。
書き手がこんなんじゃダメダメですね。
BGMはモー娘。に戻ってウエディングテイスト全開!

本編で、ナブカとタブール一度だけ手ぇつないでますよね。三話の冒頭の模擬戦の時。それ見てて思いついた話です。
厳密に言うと手つないでるわけじゃないですが。(ワンポイントアドバイス:あのシーンはスローで見ると無駄にドラマチックです)
この二人、胸倉はやたらと掴んでるんだけどなぁ。

ところでこの話にはおまけがあります。後日談というか、ぶっちゃけた話「明後日談」です(死)。
裏的な内容なので、裏にあります(汗)。
長い上にやまもオチも意味もないえろですが、それでも良い方はこちらへ・・・→
おまけ


余談ですが、私、「どれくらいぶりだろう」っていう言葉がものすごい好きなんですよ。
某アニメの某方が言ったときは何故かそれだけで泣けました。ついに使ってしまった♪